6) 一大イベントとなった「モノマチ」の好循環
「モノマチ」は今年で5回目。いまや航空会社や百貨店が協賛し、東京都や台東区がバックアップする、地域をあげての大イベントになった。回を追うごとに参加者が増えて、今回は参加者200組以上、来場者は延べ10万人。ふだんは静かな路地も、この日ばかりは地図を手にしたひとたちでにぎわっている。
開催エリアも拡大して、御徒町や上野、浅草、蔵前などを含む約2km四方にわたっている。さすがに、一日ですべてを歩ききるのは難しい。3日間かけてエリアごとに見て歩くひともいれば、自転車を借りて効率よく回るひともいる。この地域は問屋回りをする業者が多いため、貸し自転車が多いのだ。
扱うものも多種多様。洋服やアクセサリー、草木染めのストール、オリジナルノート、革の財布、ガラスのコップ、かんざし……。工場見学ツアーをおこなったり、ノートづくりなどのワークショップを企画したりしているところもある。
———もちろん、皆さんご商売をなさっているから、自社の売り上げを伸ばすためといった理由もあるのですが、目に見えない効果もモノマチにはある。だから、一度参加した方は毎年のように参加してくださるのかな、と思いますね。
モノマチ開催地域には、もともと、町内にめぐらされた横のつながりと、業界の縦のつながりがあった。さらに今、業種を超えたつながりが新たに生まれている。アパレルの若手デザイナーと畳職人が町角で談笑している。革職人とガラス屋が「おつかれさま」と挨拶しながらすれ違う。イベントの打ち合わせをきっかけに世代を超えた飲み会や、地域ごとの忘年会が開かれるようになった。こうした酒席では、若い経営者が年配の経営者に相談をしている場面もたびたび見受けられるという。これが、まちに息を吹き込む「目には見えない効果」なのだろう。
樋口さん自身も台東生まれ台東育ち。もともと馴染みのある土地柄だったが、それでも、このイベントの手伝いをするようになって、地元の知り合いが増えたという。
———知り合いが近くにいるって、安心ですね。飲み会とか濃いお付き合いも多々ありますけど、それらもひっくるめて下町らしいかもしれません。面白いですよ。
今回は、鳥越おかず横丁も参加した。ここは昭和30年代後半をピークに、食料品を中心とした商店街として人気を集めたが、近年は店舗の老朽化とあいまってかつての勢いをなくしていた。それでも、「モノマチ」の日は特別だ。
レモネードを売る屋台に人々が列をなす。魚屋の屋台からはイカを焼く香ばしいにおいが漂ってくる。ファスナーやはぎれを並べている露店もある。縁台で人々が足を伸ばし、丹精された鉢植えが、路地に温かみを添えている。
ひときわハリのある声で呼び込みをしているのは、味噌漬け物の店。
「どんな味噌がお好みかおっしゃってください。うちは味噌のソムリエですからね。こちらの漬け物もどうぞ味見していってください」と店主が声をかけると、通りかかったひとたちが集まってくる。
スタンプラリーは子どもたちに大人気だ。まちのあちこちに置かれたスタンプ台には小学生たちが群がり、色とりどりの判を帳面に押しては友達と見せ合いっこしている。このスタンプもスタンプ帳も、地元のデザイナーと町工場が共同でつくったオリジナルだという。
エリアを問わず人気が高かったのが、ワークショップ。革漉きの町工場で小物づくりのワークショップが開かれていた。革を抜いたり縫ったりするだけでなく、革を漉くという専門的な技術体験もできる。貴金属加工所では、シルバーのアイススプーン製作体験。真鍮のペンダントを販売し、その革紐を向かいの皮革店で選ぶ、といったご近所同士のコラボレーションも見受けられる。
指導にあたる職人たちも、回を追うごとに慣れてきた。熱心に耳を傾ける若いお客を前に、一言一言にも熱が入る。