アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#20
2014.08

<ひと>と<もの>で光を呼び戻す 東京の下町

前編 台東区「徒蔵(かちくら)」界隈を歩く
1)地域でつくる 下町のものづくり

御徒町駅改札を出て高架下沿いを進むと、頭上の線路がゴーッと音を立てた。自転車のかごに食料品を載せているひとは、アメ横で買い出ししたのだろう。指先を機械油で真っ黒にした、いかにも職人といった雰囲気の男性も歩いている。上野の美術館の展示パンフレットを手にしているひともいる。スーツ姿のひとは、商談に来たのだろうか。
どこからか祭り囃子の音が聞こえてきた。見ると、路地裏に御神輿(おみこし)が据えてある。おそろいの法被を着込んだ担ぎ手達が次々と路地から出てきては、御神輿の周りに集まってくる。
「どこに行くのですか」
担ぎ手のひとりに尋ねると、
「湯島天神だよ。今日は天神さんのお祭りだからね」
と歯切れよく返ってきた。町内ごとに御神輿を出し、ここから2kmほど先の湯島天神に渡御するのだという。
「春は祭りが多いんだよね。先月は三社祭だったろう。今日は湯島天神で、来週は下谷神社、来月は鳥越神社も祭りのはずだよ」
若者はきりりとはちまきを締め、女性は髪を高く結ってまなじり涼しく、談笑しながら出発を待っている。待ちくたびれたのだろう、子ども用の法被を着た男の子はベビーカーで眠っている。
世話役の老人は浴衣のうえに梅花紋の染め抜かれた法被をさらりとはおって、いかにもこなれた雰囲気であった。
あいさつが済むと大きな拍手がおきる。人々は担ぎ棒に飛びつくと肩を入れ、御神輿を持ち上げた。周囲が手拍子で励ます。盛大なかけ声とともに、御神輿は軽快に進んでいく。御神輿が揺れるたびに、てっぺんの鳳凰がシャラシャラと鳴った。

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湯島元神の御神輿。御徒町は氏子地区にあたる

御徒町、蔵前、浅草橋……この一帯は、いかにも東京の下町らしい庶民的な空気が流れている。路地裏は町工場で働くひとの気配に満ちている。印刷機が紙を送る音、木材を削る匂い、高く鳴り響く電話の音。夕方になると晩ご飯の支度をするおいしそうな香りが漂い、一杯ひっかけるために浅草や上野へ向かう職人の姿も見られる。
しかし近年、従来の下町情緒だけではない魅力が、このまちに新たな風を呼んでいる。アパレルやクラフトに携わる若手クリエイター達が移り住んできて、地域性を生かしながら独自の活動を展開しているのだ。
周囲には彼らの営む個性的な店が点在している。ジェイアール東日本都市開発が運営する高架下の商業施設「2k540 AKI-OKA ARTISAN」には、ガラス工房や帆布バッグ店、ジュエリーショップなど40店舗余が軒を並べる。またまちなかには、紙製品や筆記用具好きにはたまらないステーショナリーショップや、丁寧に仕上げられた革財布やバッグのアトリエ、木や金属を使った生活雑貨店もある。
特徴的なのは、彼らの多くが、地元の町工場と手を携えてものづくりをしていることだ。紙工所や箔押所の手を借りて文具をこしらえる。革財布の仕上げを縫製職人に頼む。指物職人の手によるガラガラも、ブリキ缶工場でつくった茶筒もある。
地域の力でつくる。それがこのまちのものづくりに、オリジナリティと必然性を与えている。

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高架下のようす。外はお祭り、なかは地域と繋がるクラフト系ショップというコントラストが新鮮