4)当たりまえの事実を共有するための導線をつくる
細馬 僕が梅田くんのライブらしきものを観たのは「鳴釜」だったわけだけど、その前はどんなことしてたの?
梅田 掃除機やターンテーブルを改造したりとか。装置のようなものを持っていって振り回したりとか。たいがいライブ中に壊れて持ち帰ってました。
細馬 あんまり演奏っていう感じしないよね。
梅田 音を彫刻的に動かすという意識はありましたけど、「演奏」という自覚はまったくなくて。最初のころにやってた場所というのも、クラブやカフェみたいなところなんですが、その場に居合わせたひとをどう欺くか、ということしか考えてなかったです。そうこうしてるうちに、内橋さん*1からFestival Beyond Innocence*2に誘ってもらって出たときに、それが大阪で1回めのFBIだったんですけど、たくさんのミュージシャンが僕のライブを見てくれたんですよね。このあたりから、いろんなひとからセッションとかに誘ってもらえるようになりました。
細馬 東京では伊東篤宏さん、藤本ゆかりさんが運営されていた『オフサイト』(*3)も当時の重要な拠点だったよね。ごく普通の住宅街の一角にある2階建てのスペースで。住宅事情もあって大きな音が出せなかったけど、大友良英さん(*4)や宇波拓くん(*5)や、いろんな出演者がそれを面白がって、新しい試みが出た。
梅田 オフサイトは面白かったですよね。ふだんの話し声よりも、よっぽど小さい音でライブやってましたよ。あのころって、寡黙な演奏がちょっとしたトレンドとしてあったじゃないですか。それもオフサイトまわりで、杉本拓さん(*6)や中村としまるさん(*7)らが始めたことなんですけど。ああいうところの演奏の場に呼ばれると、傍若無人にデーンとやる気にはならないんで、身を委ねようとするわけですよ。その環境に。すると、誰も音を出してないのに、聞こえた、という瞬間があるんですよね。静寂が鳴ってるんです。これなんか、もう圧倒的に主観ですけど、環境がそうさせた、という意味では、さっき話したような拡大解釈ともつながってきますよね。
細馬 そういうときの聴き手には、ある種のバランスが必要とされるよね。積極的に聴いているひとでもないし、かと言って、飽きっぽくてすぐ立ち去ってしまうひとでもない。そこで鳴りうるかもしれない音を待つことと付き合う感じっていうのか。こういう聴き手観って、誰とでも共有できるわけではないかもしれないけど。
梅田 あんまり聴き方を共有している気もないんですよね。音を出している自分も含めて、それぞれがバラバラの音を聴いてる、という当たりまえの事実を共有できればいいというか。本当の意味で、デモクラティックな音楽。環境が自然とそうなるように、僕は導線さえつくることができればいい、という気になっていて。
*1内橋さん 内橋和久。ギタリスト、ダクソフォン奏者、編曲者。ウィーン在住。1983年ごろから即興演奏を中心とした音楽に取り組む。2002年にNPOビヨンドイノセンス設立。大阪の西成でライブスペース「BRIDGE」を2007年まで運営。プロデューサーとしても活躍する。
*2Festival Beyond Innocence 1996年に内橋和久が始めた、即興演奏を中心とした音楽祭。通称FBI。
*3オフサイト 美術家でサウンドパフォーマーの伊東篤宏、藤本ゆかりが運営していたスペース。即興演奏やサウンドアートのイベントが多数行われた。
*4大友良英 ギタリスト/ターンテーブル奏者/作曲家/映画音楽家/プロデューサー。ONJT、Double Orchestra、幽閉者、 FEN等、常に複数のバンドを率い、またFilament、カヒミ・カリィ、I.S.O.、音遊びの会、 Emergency! 等、数多くのバンドやプロジェクトに参加。常に同時進行かつインディペンデントに多種多様な作品をつくり続け、その活動範囲は世界中に及ぶ。
*5宇波拓 主にコンピュータとギターを用いる即興演奏家として活動するほか、レーベル hibari music を主宰し、CDリリースやコンサート企画も行う。映画の劇伴などの作曲家でもある。
*6杉本拓 ギタリスト。宇波拓、大蔵雅彦との「室内楽コンサート」を千駄ヶ谷ループラインで、「杉本拓作曲シリーズ」を明大前キッド・アイラック・アート・ホールで企画。レーベル slubmusic を主宰し、自身の作品のほか、宇波拓、木下和重、ラドゥ・マルファッティ、アントワン・ボイガーなどの作品をリリース。2007年より佳村萠(ヴォーカル)とのデュオ「さりとて」の活動も続けている。
*7中村としまる ノー・インプット・ミキシング・ボード奏者。市販の小型オーディオ・ミキサーに無理な結線を施し「ノー・インプット・ミキシング・ボード」と名づける。それを用いて即興演奏を行う。