アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#17
2014.05

ものづくりから始まる、森林づくり、村づくり

後編 村民と移住者たちの森林づくり、ものづくり 岡山・西粟倉村
6)隣町で叶えた食堂オープン
カトラリー作家・山田哲也さん、料理人・西原貴美さん2

難波邸のある美作市古町は、江戸時代の参勤交代でにぎわった因幡街道の宿場町。本陣や脇本陣の建物が立ち並び、岡山県の町並み保存地区にも指定されている。山田さんたちがひと目惚れしたというこの築100年の古民家も、藍染めなどの染物を扱う名士の家だったそうだ。界隈には、同じような立派な古民家が、まだ何軒もあるという。
玄関を入ると、まず目に入るのは大きな土間と板間。さまざまな風合いの器やおいしそうな天然塩、書籍や文具、草木染めの雑貨、そして山田さんが森の学校時代から手がけているFURERUの木製カトラリーシリーズなどが棚にずらりと並んでいる。

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難波邸のなかのようす。FURERUのカトラリーや鈴木菜々子さん(7章)らが手がける草木染めブランド「ソメヤスズキ」の商品、県内外の作家ものの器などが揃うセレクトショップのほか、畳部屋のフリースペース、フレル食堂などが併設されている

難波邸のなかのようす。FURERUのカトラリーや鈴木菜々子さん(7章)らが手がける草木染めブランド「ソメヤスズキ」の商品、県内外の作家ものの器などが揃うセレクトショップのほか、畳部屋のフリースペース、フレル食堂などが併設されている

山田さんが、広い屋敷のなかをひと通り案内してくれた。

———ここはセレクトショップで、僕が島根や鳥取などのつくり手さんたちに会いに行って直接買い付けしています。その奥の畳部屋はフリースペース。パンの出張販売やトークショー、ベビーマッサージの体験教室など、ご近所の方にも使ってもらっています。そして、その奥がフレル食堂。食堂はもちろん、難波邸の設計や内装は、ほとんど彼女(西原さん)がやりました。蔵はギャラリースペース。そして一番奥の離れは、一緒に難波邸を運営している草木染め作家の鈴木菜々子さんのアトリエです。広報は旦那さんの宏平さんが担当しています。

取材時はちょうどお昼どき。西原さんが黙々と仕込みを進めていた、フレル食堂で昼食をとることにした。この日の定食のメイン料理は、シカ肉のロースト、イノシシ肉のシチュー、鳥取産の白ハタのソテーの3種類。迷った末、シカ肉のローストがメインの「フレル定食」をいただいた。絶妙な焼き加減で仕上げられたモモ肉はしっとりとやわらかくジューシーで、旨みたっぷり。醤油味のソースもよく合い、白ごはんと一緒に夢中で食べてしまった。

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取材時にいただいた「フレル定食」。強火で炙ったシカ肉のローストはしっとりとやわらかく、絶妙な火入れ具合。メインの肉は入荷状況によってイノシシ肉になる。西原さんは珍しい肉が手に入ると、まず焼いて塩こしょうで食べてみてから料理方法を考えるそうだ

取材時にいただいた「フレル定食」。強火で炙ったシカ肉のローストはしっとりとやわらかく、絶妙な火入れ具合。メインの肉は入荷状況によってイノシシ肉になる。西原さんは珍しい肉が手に入ると、まず焼いて塩こしょうで食べてみてから料理方法を考えるそうだ

シカ肉は、西粟倉村の猟師から分けてもらったり、美作市の食肉施設「地美恵の郷(じびえのさと)みまさか」から仕入れている。地美恵の郷みまさかは、シカの増えすぎによる農林被害に悩む美作市が、一般向けにシカの食肉販売を始めた施設だ。西粟倉村でもシカの数は増える一方らしいのだが、そもそも地元のひとたちは日常的にシカを食べるのだろうか。

———猟師さんはわかりませんが、村のひとはまず食べようとしませんね。まずい、かたい、臭いって。おそらく昔、ちゃんと血抜きしてない状態のものを食べたんじゃないかなと思います。猟師さんの腕によっても全然違いますし、若い雌ジカなんてすごくおいしいんですけど。

牛肉や豚肉が苦手な山田さんも、今ではジビエが大好物だそうだ。

———僕、匂いが苦手で、スーパーの牛肉とか豚肉が食べられないんですよ。でも、シカとかイノシシとか、ちゃんと処理したものだと全然くさくないし、むしろ大好物です。野生の肉って、まったく胃もたれしない。脂がおいしいんですよね。野生動物が食べてるものが、脂の味に出るのかもしれない。

西原さんによれば、西粟倉村で食肉用にシカを狩る猟師はだいぶ減っているそうだ。 「駆除の目的でされる方はおられるんですけどね。駆除目的だと、血が回ってしまう撃ち方をするし、しめる作業もしないので、肉がおいしくないんです」。
美作市同様、シカによる獣害を克服し、食肉としていくには、村独自の仕組みが必要なのかもしれない。しかしながら、昨今の「背景重視のものづくり」に対する2人の姿勢は、クールかつまっとうだ。山田さんが言う。

———変にストーリー性を重視する売り方というのは、やりたくないんです。ジビエにしても、たまたまいいシカ肉が入ったから使うわけで、害獣駆除に貢献するといったことはまったく考えていません。FURERUの商品にしても、スギやヒノキはやわらかくてあまりカトラリーには向かないので、チェリーとかウォルナットといった北米産の木を中心に使っています。でも、ヒノキなんかは料理のへらに使えるので、西粟倉の間伐材を使ったり。害獣駆除に貢献しています、間伐材を有効活用しています、だから買ってください、という流れじゃなくて、このお肉すごくおいしいね、この商品すごく使いやすいね、というのがまずあって、そのうえで、ああ、こんな背景があるんだと後で気づいてもらうような広がり方が理想だと思っています。

目下、取りかかっているのは、近くにある「岡本邸」のリノベーション。難波邸と同じく、かなりよい状態で残っている古民家で、ここをある程度まで改装しておき、一緒に界隈を盛り上げてくれる人を呼び込みたいと考えている。

———僕たち一軒だけあっても、なかなかひとの流れができない。この通りを活性化させるためには、ここでお店をしたり、ものづくりしたいひとに来てもらわなくてはと思っています。でも、空き家がありますよ、って言っても、自分たちで改装できます、資金はありますという人は少ないですよね。僕らは、内装もできるし、ホームページも作れるし、広報的なこともできるし、サポートはいくらでもできるので、一緒に何かできればと。とりあえず、この辺りには宿泊施設がないので、ものづくりしながら販売をして、ついでにゲストハウスなんかをしてくれる人なら理想的です。もう自分が何屋かまったくわかりませんけど(笑)、要は、誰かと何かをつくっていくことが大好きなんですよ。

西粟倉村の移住組のひとたちは、すでに保証された何かではなく、何だかわからないけれど面白そうなものが好きなひとが多い気がする。西原さんも、「その時、その時で面白い方向に流れていくんだと思います」と言っていた。その台風の目のような力は、西粟倉村を出発点に、いよいよ隣町にまで地続きに広がり始めている。難波邸はこの春、1周年を迎えたそうだ。

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ご近所さんはもちろん、西粟倉村からもお客さんが足を運ぶ