5)地域との関わり3 定住のために、仕事を創る
2010年、茂木さんがたまたま東京で参加した「柿豚会」という出荷できない柿を飼料にして育てた「柿豚」を食べる料理イベントでのことだった。そこでもともと知り合いだった「九州ちくご元気計画」の総合プロデューサーであるブンボ株式会社の代表・江副(えぞえ)直樹さんに再会する。
柿豚の甘くておいしい肉質に感動したのはもちろん、農家の跡継ぎらしからぬすごくおしゃれな若者たちが、自分たちでブランドをつくって楽しみながら農業をしている姿に、これからもっとこういう生産者が増えたらいいのにと思った茂木さんは、「第一生産者が多い淡路島でも、こだわりのあるものをつくるひとが増えればいいんじゃないか」と、江副さんとやまぐちさんを引き合わせた。
江副さんが総合プロデューサーを務める「九州ちくご元気計画」は2008年から始まった、福岡県筑後7市が参加する厚生労働省の雇用創出事業だ。この事業の目的は、厚生労働省が助成金を出し、雇用が少ない地域で新しい事業や働き口をつくり出すことにある。一例として、特産品を生かしたショップの開設や商品開発といったような事業が挙げられる。「九州ちくご元気計画」では、そのためのノウハウだけでなく、ブランディングや宣伝といった「売れる」仕組みづくりにまで踏み込み、参加者同士が学び合える講座や研究会といった実践を重視していることが特徴だった。
筑後地方は福岡という大都市圏に近く農業がさかん、しかし高齢化や過疎化が進み働き口が少ない。京阪神という大都市圏に近く、似たような課題を持つ淡路島でも同じような事業ができないだろうかとやまぐちさんは思った。
———淡路島に住みたいひとがいても定住に至らないのは、職がないから。でも、淡路島には大きな企業がないから、これからは仕事をつくらないとだめだということに気づいた。仕事をつくることで、淡路島に住みたいと思ったひとが定着する機会をつくりたいと思った。
「九州ちくご元気計画」の自分たちで仕事をつくるというコンセプトに可能性を見出したやまぐちさんは、淡路島でも同様の事業を立ち上げようと茂木さんに協力を求める。これが、淡路島での雇用創出事業「はたらくカタチ研究島」につながることになる。
しかし、そう簡単にことは運ばなかった。厚生労働省に事業の申請をするためには、県の協力を取り付ける必要があった。ところが、前例のないことに対しては、なかなか県の腰が上がらない。思うように動かない事態にいったんは諦めかけた。しかし、事業の推進に関わりたいと、前職を辞めて移住してまで手伝うメンバーもいる状態で、やめるわけにはいかなかった。
そこに助っ人となったのが、Uターンして地元で建築事務所「ヒラマツグミ」を始めた建築家の平松克啓(かつひろ)さんだ。平松さんもまた、島の現状に対して静かだが熱い思いをもつ一人だ。島の若手の陶芸家や料理人、生産者らによる食の集まり「美観味(サンミ)会」のメンバーとして、淡路島の食を盛り上げるために自分たちでイベントを開催したり、暮らし方を提案しながら古民家を修理して不動産として貸し出す「リコミンカ」という事業を行ってもいる。
もともとaacの冊子の取材で知り合っていたやまぐちさん、茂木さん、平松さんの3人は、事業申請のための打ち合わせ会議で再会した。平松さんの意見に共感するものを感じたやまぐちさんと茂木さんは、「はたらくカタチ研究島」を実現させるために平松さんにも協力を求めた。
茂木さんたち3人は、県の方々も島の潜在力を知れば乗り気になるかもしれないと、美観味会が年に一度主催する、生産者らが持って来た選りすぐりの材料で和洋中さまざまな料理人が一つの厨房で腕を揮い、陶芸家の焼いた器で味わう「ノープランパーティー」に、県の決定権をもつ職員やスーパーバイザーとなるgrafの服部滋樹さんを招くことにした。若い生産者や料理人、島に移住したものづくり作家ら淡路島の「いま」を見せれば、事業の必要性が伝わると感じたからだ。
県の担当者も、このパーティーを通じて、若くてやる気のある生産者や移住者が増えているという現実を知り、こういった取り組みを増やしていくことが淡路島に雇用を増やすことにつながることになると判断し協力的な姿勢に転じ、一緒に厚生労働省に対して「はたらくカタチ研究島」の事業申請に向けて動き出すことになった。