アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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2012.12

「本」でつながる、広がる ひととまち

前編 東北の場合、仙台
5)固定せず、癒着せず、ゆるやかで自由に
Book! Book! Sendai

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誰かと何かをいっしょにやるのは、楽しいけれどむずかしい部分も多々ある。ひとそれぞれでやりたいことや立ち位置、想いは違うから、まとまらなくて当たり前なのに、縛りをきつくしたり、もっとエスカレートして運命共同体のようにしてしまうと自由がなくなり、窮屈になって面白いものが生まれなくなってしまう。

固定せず、癒着せず、ゆるやかに自由に。前野さんはそんなつながりがいい、と思った。それぞれがやるべきことをやりながら、いっしょにできるところで協力していけたら、と。

集いを重ねるうちに、やりたいことがはっきりしてきた。仙台のまちを舞台とする本のイベントである。「Book! Book! Sendai」(以下B!B!S)と集まったメンバーのひとりが名づけ、主宰する会の名前を「杜の都を本の都にする会」とした(現在はBook! Book! Sendai実行委員会)。初代メンバーは詩人・武田こうじさん、出版社プレスアートの並木直子さん、「仙台文庫」発行人でライターの大泉浩一さん、リトルプレス『ふきながし』発行人・吉岡英夫さん、ジュンク堂仙台店店員・佐藤純子さん、『風の時』編集部の佐藤正実さん、書本&cafe「magellan(マゼラン)」店主・高熊洋平さんなど、20代から50代の10人。このメンバーで、「一箱古本市」を中心に、さまざまなブックイベントを開くことを決めた。

約1年後の2009年6月。「六月の仙台は本の月」をキャッチフレーズに「Book! Book! Sendai 2009」が立ち上がった。多彩な催しの会場は仙台市内の図書館、書店、文化施設、ギャラリー、カフェ、ショップなど40カ所にも及び、ほぼひと月のあいだ、まちのあちこちが「本」で大いに賑わった。

最後の週に「一箱古本市」を開催した。50箱の出店者たちと、たくさんの来場者が、本を介して楽しげにやりとりしている。最初に手がけた「店内一箱古本市」では叶わなかった、売り手と買い手のコミュニケーションが実現できたのだった。

B!B!Sの影響力は大きかった。立ち上げる過程で関わったメンバー同士がつながって、フリーペーパーを発行することになったり、出版レーベルを始めたりと新たな本をめぐる動きも生まれていった。もともと、前野さんはB!B!Sを一回きりのイベントとは思っていなかったから、思い描いた通りの展開であったかもしれない。「本は一人で静かに楽しむものというだけではなく、想像以上に自由自在でアクティブなのです。人と出会ったり、語ったり、つくって発信したり、ブックイベントに出かけて行ったり、さまざまなコミュニケーションを生む装置として、まだまだ未発見の可能性があるとわかりました」。

翌年の「Book! Book! Sendai2010」はさらにパワーアップし、企画数もずいぶん増えて、動員は5万人にも及んだ。一日限りのSendai Book Marketも開催し、「一箱古本市」はじめ、ブックカフェや東京、盛岡からの出店や縁日、ワークショップなども大いに盛り上がった。東日本大震災のあった2011年はさんざん悩んだ末に開催し、結果的に多くの方々が集まってくれた。現在は佐藤純子さんを中心とした若い世代に交代しつつあり、どうなっていくかはわからないけれど、これからも毎年続けていくつもりだ。

「やってみたい、やる!」という前野さんの思いつきから始まった「店内一箱古本市」は、今ではこれだけの規模の催しへと大きく育った。実行委員会のメンバーも、初期メンバー10人よりも支えてくれるスタッフのほうが多いほど。仙台のまち全体を巻き込んで、6月の催しとして定着し、県外にもずいぶん知られるようになってきた。

ひとりから始まって、仲間とともに育んできた、仙台に「本のまち」という顔を創り出す大きな流れ。前野さんと仲間は、自分たちのできる範囲で、行政や企業をほとんど頼ることなくやってきた。「仙台は、歩いているだけではひっかかりのない、特徴のないまちに見えると思う。けれど奥に入ったら、いろんなひとがいて面白いし、お祭りやイベントがすごく多い。まだまだ未発掘の歴史や人物がいて、可能性を感じます。そこが仙台の良いところかな。ソフト面、マンパワーで面白くする、というのがあるかもしれませんね」。

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本を介してのコミュニケーション

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『月刊佐藤純子』は5時間で100冊ほど売れたそう(写真提供: 「風の時」編集部)