アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#153
2026.02

41年目の東川町 文化のまちづくりを俯瞰する

3 誰もが来られる、使いつづけられる場所「せんとぴゅあ」
4) 用途を限定せず、プロセスを積み上げる 「せんとぴゅあⅡ」

一方、「せんとぴゅあⅡ」は、既存の建物の再活用ではなく、新しく建てられた。
Ⅰ」は日本語学校と食が軸になったが、「Ⅱ」は「Ⅰ」の整備では十分ではなかった「図書館」「美術館」などの複合的な機能を併せ持つ、用途の限定されない多面的な文化施設として構想された。

町のど真ん中という立地に、どのような施設をつくるべきか。そのあり方をめぐっては、大きな議論があったという。好立地であるがゆえに、商工会や観光協会からは、経済振興に直接つながる施設を求める声も強かった。そのなかで、「イベント集客ができる」ということが、設計の重要なポイントになった。

———小学校が移転したのだから、道の駅を増設したい、産直市場をつくりたい、といった声もありました。そのなかで、文化施設をつくることが、まちなかにどんなプラスの影響をもたらすのかをきちんと説明する必要がありました。まちづくりという視点で考えたとき、地域で商売をしている人や、観光に関わる人たちにとっても、きちんと恩恵があることは重要なことです。
そこで、大小さまざまな集客イベントを組めるように設計したんです。約5000㎡ある施設全体に加え、元校庭だった芝生広場でもイベントができる構成としました。

また、まちなかへの回遊性も重視された。もともとグラウンド跡地は高木で覆われていたが、幹線道路から施設に直接出入りできるランドスケープにした。「せんとぴゅあ」を訪れた人たちが、そのまま帰るのではなく、まちなかの飲食店などへ足を運びやすいよう設計された。2018年の開館直後に、町役場の部署「東川スタイル課」(2023年に廃止され、現在は経済振興課が役割を引き継いでいる)が「せんとぴゅあⅡ」のなかに設置され、来館者への情報発信などを担った。また、東川振興公社が施設内で運営する「東川ミーツ」では、町内の家具・クラフト事業者の作品など特産品が展示・販売された。「せんとぴゅあ」を入口に、観光や交流、ビジネス、移住につなげていく——という全体的な構想だ。

もう一つの大きな論点が、「図書館をつくってほしい」という町民の要望だった。既存の図書室は規模が小さく、蔵書が2万冊程度。古い本も多く、選書も十分な状態とは言えなかった。「図書機能」をどのように「せんとぴゅあ」に組み込んでいくのかという点も重要な課題の一つとなった

———担当者と話し合いを重ねるなかで、東川町が国際的にも知られる「写真の町 東川賞」を主催していることに改めて注目しました。この賞は、ノミネートが公表されず、選考委員が写真集や展覧会図録などをもとに審査します。そのため、関連する写真集や図録が大量に収集されていて、倉庫にいわばデッドストックとして眠っていたんです。それを見つけたとき、「この施設で見せるべきなのはこれだ」と思いました。現在ではそれらを図書として整理し、一部は開架して並べています。
図書スペースをつくるなかで、図書というものが地域の文化や、関わっている人をつなぐ接着剤になるとわかってきました。そこで、図書を媒介としながらいろいろな文化の要素を連結していったんです。一見すると開架された図書が並んでいるだけの空間ですが、実際には日本トップクラスの写真家の写真集や図録、町域にある北海道最高峰「旭岳」と中心とした山岳に関する資料、そして家具コレクションに関係するデザイン資料、作品集など、東川にしかない文化資源が点在しています。それらが徐々に集約されていきました。

ただ、図書が中心であっても、あくまで図書館ではないのが、「せんとぴゅあⅡ」である。この点については、計画時点で「図書館にはしたくなかった」と小篠さんは言う。

———図書館にも、美術館にも、博物館にもしたくなかったんです。設置条例で管理・運営される、いわゆる箱モノの公共施設にはしたくなかった。わかりにくいかもしれませんが、それがまさに「複合交流施設」というあり方なんです。「静かにしなきゃいけない」「飲み物を飲んじゃダメ」「受験勉強をしたらダメ」とか、そういう公共施設にありがちな「禁止」をなくしたかったわけです。

公共施設は行政によって管理されている場で、制限されて当たり前と私たちは考えがちだ。だが、その制限をあえて取り払うことで、町民がより主体的に施設を活用できるようにしたい——そんな意図がある。

———「図書館をつくってほしい」と言っていた町内団体とは最後の最後まで議論が続きました。でも、できあがってみたら、みんな「東川町らしいね」と言ってくれたのでうれしかったです。

こうして、用途が限定されないかたちで、文化・産業・暮らしに関わるさまざまな要素が一堂に会する空間として、「せんとぴゅあ」はつくられていった。その過程で、小篠さんが最も大事にしていたのが、「地域の人たちの考えを丁寧に聞くこと」だったという。

———役場が発注する仕事をすると、公的に会うのは役場や委員会の関係者だけ、ということになりがちです。実際のプレイヤーがわからないまま設計するのはよくないので、個人的に会いに行きました。まちに泊まって、夜飲みに行ったんです(笑)。でも、それがすごく大事なことで。そうやってできたネットワークを通じて、いろんな人にヒアリングさせてもらいました。「新しい文化施設で何かをするとしたら、何をしたいですか?」「施設に何があるといいと思いますか?」と私的に聞いて回りましたね。そうすることで、つくり話ではなくて、これだったらできる人もいて、こんなことができそうだ、という話を集めていけたんです。

まちの人びとの声を掬い上げ、建築として実現する。そのためのプロセスを地道に積み上げていけば、必然的にそのまちにしかない地域文化施設になる。

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広い世代が、思い思いに過ごせる「せんとぴゅあ」。館内は壁が少なく、図書や家具展示などのコーナーがシームレスにつながり、混じり合う。そこでアーカイブの展示だけでなく、子どもの体験コーナー、国際交流員による選書コーナーなど、さまざまな企画が「ごちゃまぜ」に展開されている