3)留学生と、食と ボトムアップの公共施設 「せんとぴゅあⅠ」
では、「せんとぴゅあ」はどんなプロセスで設計されたのだろうか。前号で紹介したが、「せんとぴゅあ」には2つの建物がある。東川小学校の旧校舎を再活用した「Ⅰ」と、グラウンド跡地に新設された「Ⅱ」である。
まず、小学校の旧校舎は、町が進めてきた町立日本語学校の校舎を中心としてリノベーションされた。財源にも東川らしい工夫があり、工事費は防災に使われる地方債が、施設の運営費は留学生の授業料収入が充てられた。
———全体のコンセプトである東川固有の文化による人びとの交流を実現するために財源の見通しを立てたうえで、では、どんなプログラムがあるとよいか、という順番で検討を進めていきました。まずは、日本語学校の留学生が学ぶ環境が大事です。単なる日本語学校だったら、普通の校舎で日本語を学ぶことができればよいのかもしれません。ですが、ここは、日本や東川の文化に触れられ、自分たちの文化も伝えながら交流できるような場にしていこう、と。文化的な交流ができて、放課後にカリキュラムにはない交流も生まれる、そんな場をつくることを考えました。それが、日本語学校の持続的経営に加えて、国際的な交流を生み出し、さらには留学生を通じて東川の文化が発信される状況をつくり出していく。日本語学校が文化によるまちづくりを進めるエンジンの一つになるのです。

日本語学校が入る「せんとぴゅあⅠ」。「Ⅱ」とは通路でつながるように設計された
ただ語学を学ぶだけではない、留学生活そのものの充実につながるような場のあり方は、施設の持続可能性ともつながっている。
地域の人の交流を生み出す仕掛けとして、小篠さんが柱としたのがここでも「食」だった。
これは、地域交流センターで続く食育を大人向けに発展させたもので、とりわけキッチンが大切な空間だと話す。
———地域の人たちにこの施設とどう関わってもらうかを考えたときに、やはり「食」が重要だと考えました。東川町では、各地区のコミュニティセンターのキッチンを借りて、農家さんが規格外のトマトを使ってジュースをつくったり、大豆がたくさん採れた年には味噌を仕込んだり、ということがあちこちで行われていました。そういうことができる拠点が町の中心にあったら面白い交流が生まれるのではないかとコミュニティ・キッチンをつくったんです。
小学校の調理室だった場所をレンタル・キッチンとして整備し、ランチルームだった空間ではパーティも開けるようにした。

ランチルームはもとの空間をそのままに耐震補強を行った。地域の人がイベントなどで利用できる。日本語学校に通う留学生にとっては、日々の食事の場でもある
———食を通じたコミュニケーションを重視したのは、食もまた文化の一つと考えていたからです。生活文化という視点で見れば、東川に限らず農業を基盤とする地域では、採れたものを加工し、自分たちで楽しんだり、販売したりすることは、もともと行われてきた生業です。その生業が生活文化として続くことが大切だと考えたんです。
そのほかにも、「せんとぴゅあⅠ」にはギャラリー施設やコンサートができるホール、コミュニティ・カフェなどが設けられ、地域資源を生かしながら、交流が生まれる場の設計が行われた。財源の見通しを立て、活動のプログラムを考え、建物を設計する——。地域との対話を重ね、その相互作用のなかで形づくられていった、ボトムアップの公共施設だ。



ランチルームの調理室を改修したコミュニティ・キッチン「チャレンジキッチン」には、一般家庭にはない業務用調理機器が揃う。取材時は、規格外で流通できないトマトを農家からもらった職員が自家消費用のトマトジュースを試作していた


