3)布のアイデンティティ
フランチェスコ・マザレラさん3
———難民のプロジェクトではどんなところが難しかったですか。
まず、難民や亡命希望者へのアクセスが難しいことです。地元自治体やコミュニティセンター、慈善団体との連携で解決しましたが、情報発信方法にも工夫が必要でした。ニュースレターではなく、ポスターやチラシを作り、WhatsAppグループを通じて直接届けるようにしました。
また参加者の定着も課題でした。彼らは生活が不安定なため、就労や進学、他地域への移動で参加できなくなることが多いのです。
また、多様な文化的背景の違いから意見が対立する場面もありました。例えば、イラン出身の女性とパキスタン出身の女性が「ヒジャブ」について議論を始めたときです。イランではベールを着用しない場合、女性が命を落とすことがありますが、パキスタンでは着用の自由があります。2人はそれぞれ主張して、ワークショップの最中に衝突してしまいました。そういう場をマネジメントする必要もあります。
大きな課題は「社会的弱者」と関わることです。私たちは多くのトラウマと向き合います。チームメンバーの中には参加者の話に感情的に揺さぶられる人もいました。大学にトラウマ対応トレーニングやサポート体制の整備など、働きかけをしています。

「ファッションとテキスタイルを脱植民地化する」プロジェクトの作品。刺繍枠の中に自分の写真を置き、アイデンティティにつながる布や糸などをコラージュしていく
———活動の中で印象的な出来事はありましたか。
シンガポール出身のトランス女性の参加者がいます。彼女は中国系で、過去の性的暴力や母国での差別的文化に強いトラウマを抱えていました。中国服を見ることさえつらく、最初は洋服だけを着ていました。しかし活動を通じて、布や服を手に取ることで、忘れていた記憶や文化と少しずつ向き合えるようになりました。あるとき、インドネシアの伯母を思い出させるバティック生地を見つけ、その記憶からさらに家族や過去とのつながりを取り戻していきました。こうした変化は、外見や言葉だけでなく作品にも表れています。
このプロジェクトでは参加者が布と糸を使って自らのアイデンティティを作品に表現するワークショップをチームが準備する。それによって自分たちの過去を見つめ、未来について想像力を働かせる。フランチェスコも自分のアイディティを表すアート作品を製作している。
作品のタイトルは「クラフティング・ライフ・ジャーニーズ(Crafting Life Journeys)」です。私は自分の人生を編み上げる職人だと思っています。南イタリアの恵まれない地域に生まれ、家族の中で初めて大学へ進学しました。母はソーシャルワーカー、祖母は精神科病院で働いており、幼い頃から社会的弱者や困難を抱える人々を支える大人たちが周囲にいました。その環境で育ったことが、私にレジリエンス(問題を乗り越え、危機から回復する力)と他者への共感をもたらしました。
作品は、これまで暮らした国々の文化をパッチワークのように組み合わせています。トリノの優雅な宮殿を思わせる布、オランダのオレンジ色、ハンガリーの寒い冬に着ていた厚手のセーター、ケープタウンの海の青、ブラジルの伝統的な花柄「チータ」生地、博士課程で出会った職人から贈られたノッティンガム・レース。そして、祖母が編んだハートのモチーフは、私の人生で最も愛する存在である彼女の記憶を表しています。ハートに付けられたビーズはシチリアの民俗音楽に使われる楽器、全体を縫い合わせる青い糸は私の愛する地中海を象徴しています。シチリアは島であり、私にとって海は心が平穏になる場所です。青い糸は、私の「シチリア性」を保ちながら、異なる文化的経験をつなぎ合わせる目に見えない糸でもあります。