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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#145
2025.06

「水」から考える 人と環境

1 アートで捉えるプロジェクト「Water Calling」 京都府京都市
4)アートと学術で立体的に

会場の映像作品は、永井さん、ダエロンさんの話に加えて、京都の地下に巨大な「水盆」があることを突きとめた関西大学特命教授の楠見晴重さん、さらに文化的景観の観点から京都の風景を研究する奈良文化財研究所室長の惠谷浩子さんへのインタビューがまとまったものだった。
専門知識を持った研究者との協働により、学術的な視点を取り入れてプロジェクトが立体的に構成されていることも、「Water Calling」というプロジェクトに奥行きを与えている。

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楠見晴重さん

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惠谷浩子さん

京都の水が豊かである、地形的・地質的な原因を解き明かしてきたのが楠見晴重さんだ。
岩盤力学、地盤工学、地下水工学の専門家として、楠見さんは、京都盆地の構造を計測し、3Dシミュレーションで再現した。楠見さんはこう話している。

「いろいろな先端技術を使って計測したところ、大体211億トンの地下水が京都盆地に溜まっている。大体琵琶湖が275億トンですので、ほぼほぼですけども、琵琶湖ぐらいの地下水が京都盆地の地下には溜まっている、そういう計算結果が出ています」

お椀のようにたくさんの地下水を湛えているさまを、楠見さんは「京都水盆」と名付けた。 その呼称には、多くの人にわかりやすくイメージできるようにしようとする、楠見さんによる言葉のデザインが息づいている。

惠谷浩子さんは、造園学、景観論の研究者として、各地の風景の成り立ちを調査している。京都もその主要な現場のひとつだ。惠谷さんは映像の中で、文化的景観という概念について語っている。

「人の暮らしと自然が一緒になって出来上がってくる風景のこと、風景地のことを文化的景観と呼びます。それは、目に見える風景を成り立たせている人の暮らし、そしてその人の暮らしをつくるもっと根底にある自然環境を掘り下げていって、その表出として今目に見えている風景を理解するという考え方なんです」

惠谷さんは京都のいくつかの水をめぐる風景に触れている。その一つが神泉苑だ。惠谷さんのお話からも、京都という土地における、人の水との関わりが浮かび上がってくる。

「平安京が置かれたところ自体、大部分が扇状地の上で、水が表に出てくるような場所は限られていたと考えられます。ですから、その平安宮のすぐ南に接する泉に祈りの対象が集まりやすかったのかもしれないです。そもそも水が湧き出している場所に目をつけて、天皇のお庭として造られたのが神泉苑ですね。宮中行事や宴遊の場となってきた神泉苑が、後の時代になると、日照りが続いた時に雨乞いをする場となり、その記憶が引き継がれていって、いつかし龍神が棲むという伝説が生まれていったのです」

この展示においては、ドローイングのような「アート」と、学術的な知見が、同等に重視されているように感じられた。
「Water Calling」は、作品として「表現する」ためのプロジェクトではなく、アートという方法を使って、水のことを「伝える」ためのプロジェクトである。ドローイングも展覧会も印刷物も、「芸術作品」ではなく、伝えるための「媒介」、「道具」として位置づけられている。
そのようなアートに、学術的な知識が重奏される。京都の水が豊かである地形的・地層的な理由も、元々の自然環境に人がどのように関わって京都らしい景観がつくられてきたのかも、一緒に知ることができると、水とのつながりをより豊かに生き生きと感じられる。そうして私たちは、自分たちと水とのつながりについて、物語りはじめることができる。だからこそ永井さんやイザベルさんは、専門家の協力を仰ぎながら、リサーチやフィールドワークを重ね続けているのではないだろうか。

「水のことを知ってほしい」という永井さんの想いは、展覧会のプログラムが体現していた。関連イベントとして、楠見さんによる講演会「京都千年の地下水」と、惠谷さんによる南禅寺周辺の水風景を訪ねるウォーキングツアーも開催された。
講演会で水から世界を見る視点を「学ぶ」、ウォーキングツアーで実際に水の連なりをたどって「体感する」。ドローイングを「見る」ことに加えて、学ぶ、体感するが加わった、豊かなプログラムだった。

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凍てつく冬の京都の展覧会だったが、会場にはキルティングのホットカーペットや、クッションも敷かれていた。永井さんは、「カーペットやクッションにみんなで座って、展覧会を観ながら水のことについておしゃべりしてほしい」とも話していた。オープンな場づくりの姿勢が見て取れる

凍てつく冬の京都の展覧会だったが、会場にはキルティングのホットカーペットや、クッションも敷かれていた。永井さんは、「カーペットやクッションにみんなで座って、展覧会を観ながら水のことについておしゃべりしてほしい」とも話していた。オープンな場づくりの姿勢が見て取れる

次回は永井さんとダエロンさんへのインタビューを通して、プロジェクトの過程と、その背後で彼女たちが考えていることを紹介したい。

展覧会「Water Calling 」
会場・共催:無鄰菴 https://murin-an.jp/
期間: 2025年1月18日(土)− 2月16日(日)
展覧会協賛:フジエテキスタイル
https://materiaprima.site/water-calling-2025/
取材・文:櫻井拓(さくらい・ひろし)
1984年宮城県生まれ。編集者。アートに関わる本づくりを行なう。編集した書籍に、『FLUKES ARE NO MISTAKE——タラブックス、失敗と本づくりの未来』(ライブアートブックス、2023年)、せんだいメディアテーク編『つくる〈公共〉 50のコンセプト』(岩波書店、2023年)、瀬尾夏美『あわいゆくころ——陸前高田、震災後を生きる』(晶文社、2019年)など。
写真:衣笠名津美(きぬがさ・なつみ)
写真家。1989年生まれ。大阪市在住。 写真館に勤務後、独立。ドキュメントを中心にデザイン、美術、雑誌等の撮影を行う。
編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
文筆家、編集者。東京にて出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の執筆・編集を中心に、アトリエ「月ノ座」を主宰し、展示やイベント、文章表現や編集、製本のワークショップなども行う。青幻舎のサイトにて「女性と工芸 1900−1945」連載中。編著に『辻村史朗』(imura art+books)『標本の本京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。https://note.com/seigensha/m/m03df2469f0f4