アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#145
2025.06

「水」から考える 人と環境

1 アートで捉えるプロジェクト「Water Calling」 京都府京都市
3)曼荼羅を応用する

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今回の展示の主役は、大作のドローイングである。リサーチウォールと対をなし、展示会場の中央に設置されている。曼荼羅からインスピレーションを得たというこのドローイングは、空間をいくつかに分け、複数枚のドローイングを組み合わせるかたちで構成されている。

上部の横長の一枚には、大気中の水の流れ、雨となって降り注ぐ水、水の象徴としての龍が描かれている。反対に下部の一枚にあるのは、京都盆地の地層の重なりと、そこに浸透し、保持される水だ。
ドローイングの全体が、天から降る雨が地下へと染みわたっていく、壮大な水の循環を表しているかのようである。

中央の大きなドローイングには、山々に囲まれた京都の俯瞰図が描かれている。山々に降り注ぐ雨や、琵琶湖からの疏水が平地へと流れこみ、河川が水を運んでいく。
注意を引くのは、京都盆地を俯瞰したこのドローイングの下部に、地層の断面図(地下へと浸透する水)が接合して描かれていることである。上空から捉えた風景と、数億年前までさかのぼる地層・地質という異なる「見え」を一つの画面に統合していることが、このドローイングの大きな特徴である。

さらに、蓄積された地下水や流れる水が、京都の各地でさまざまに活用される光景もまた、左右に小窓のように描かれている。下鴨神社(池の水に膝下まで浸かって無病息災を願う「足つけ神事」で知られる、みたらし祭り)、伏見(酒蔵の井戸)、井戸水を使った銭湯、旧巨椋池(京都南部にあった最大の湿地)、淀川河川敷のヨシ(葦)原など。時代も場所も異なる自然や文化などの要素を同等に扱い、それぞれの水との関わり、水をめぐる物語を、左右に4点ずつ配置されたドローイングが、鮮明に浮かび上がらせている。

上空の風景と地中の風景。俯瞰図と断面図。引きで見た全体像と、寄りで見た詳細。数億年前の断層の運動、地層の堆積、地下水の蓄積。
水辺には植物が生育し、そしてヨシ原のように、刈る・焼くなどを通じてそこに人が関わり、文化的景観がつくりあげられてきた。
あるいは自然の猛威に打ちのめされた先人は、水に神を見出し、雨乞いをしたり、治水を祈ったりもした。豊かな地下水は、酒造りや庭園、銭湯などへと活用され、文字通り京都の文化をつくりあげてきた。ダエロンさんはこう語る。

「このドローイングを描くのはとても苦労しました。それぞれ水にまつわる話題が違う時代のことを語っているし、盆地の平面図と「水盆」の断面図を統合する必要もありました。いろいろな時間軸と空間軸が混ざっている。どうやってまとめようと悩んでいたときに、京都国立博物館の曼荼羅に関する展覧会を観に行ったんです。そこで展示されている曼荼羅を観たときに、これが私たちが探していたメソッドなのではないかと思いました。複雑で混沌とした宇宙が真ん中にあって、それを取り囲むように、それぞれ異なる世界観が描かれている。この描き方を応用するのはどうかと思ったんです」

永井さんは曼荼羅を、「人間の時間軸を超えた事象を理解するために、先人が生み出したひとつの方法」とも話す。理屈では辻褄が合わない複雑な対象を、どうにかして統合して描く方法を、古くから「アート」は、発明しつづけてきた。
水とのつながりをリアルに、そして生き生きと感じなおすためには、現代の常識だけから出発しないことが必要なのではないだろうか。そうするための道筋を、曼荼羅のような「アート」が示してくれる。さまざまな時空間が交差するダエロンさんのドローイングを観て、そんなことを考えた。