アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#141
2025.02

社会を変えるデザイン

1 イタリア「プロジェッティスタ」の仕事 ミラノ、トリノ
6)選択には動機がある
ジャンフランコ・カヴァリアに聞く3

カヴァリアさんには、『石造りのように柔軟な 北イタリア山村地帯の建築技術と生活の戦略』という著書がある(アンドレア・ボッコとの共著、2015年、鹿島出版会)。北イタリアの山岳地帯でフィールドワークを行い、生活環境の厳しい地域で生きる知恵を収めた詩的な本だが、その中に栗の木を植える話が出てくる。栗の木は何十年か経たないと実がならないから、植えてもすぐに直接恩恵を受けることはないけれど、それでも住民たちは栗の木を植えてきたというエピソードだ。このときの木々たちは、いまどのように受け継がれているのだろうか。

———山岳地のような物が少ししかない場所で生きていくためにはなるべく倹約するわけです。小麦とか穀類が上手く手に入らなかったときに、栗っていうのはその代わりに粉にして使っていた。そういうものへの思いがあって。普段あるべきものがなかったときに、救いの道っていうか。それと同時に少ないもので足らさせるという生活をしている基本があってのものだということを栗の木を見るといつも思います。次の世代に、っていうこと以上にね。
栗っていうのはしばしば収穫されないでほったらかしなんですって。収穫して使えるようにするのは時間がかかることだし結構めんどくさくて、無駄になっていることが多い。いまの場合だと山は放置されているじゃないですか。当時の人が植えたときにどう思っていたか以上に、そこに栗の木の価値をちゃんともう一度教える。毎年実が落ちて無駄になっているので、もう一度価値を見直すっていうことがまず必要でしょうね。それは教育がすべきところじゃないかな。

少ないもので足らさせる。
自然環境がきびしい地域で、人々が最小限で暮らす知恵にカヴァリアさんたちは深く学んできたのだった。
カヴァリアさんが筍のようなものを手に取って見せてくれる。

———これは森のなかで見つけた細い竹です。誰かがつくったりデザインしたりしたわけじゃないですけど、かなり面白いかたちをしている。人間じゃないけど時がつくった彫刻みたいなものじゃないですか。だから、自分がつくらなくてもいい。クオリティのあるフォルムであれば、それを自然のなかから見つけて持ってくること自体もプロジェッタツィオーネの一部なんです。

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手前左が、森で見つけた細い竹

何が必要とされているのか、そしてそれは本当につくらなくてはならないのか。あるもので事足りるのではないのか。カヴァリアさんはつねに自分にそう問いながら、創造を続けてきたのだと思う。
最後に、カヴァリアさんにとって、プロジェッタツィオーネとは何なのかを聞いてみた。

———一番大事なポイントは、すべての選択は動機がなくてはいけない、ということです。それがあるのは、私にとってはプロジェッタツィオーネかなと。ただかたちだけのためにはつくらない。文学にしてもアートにしても、誰かが選択するときにはちゃんと動機があるべきでしょう。

しかるべき動機をもって、ものごとを進めていくこと。フレームをつくって体裁をととのえることよりも、内容をしっかりもって、最小限の手を添えてかたちにすること。
次号からは、この哲学と共鳴する現代のプロジェクトをいくつか取り上げていきたい。プロジェッタツィオーネを直接学んだ経験はなくても、時を超えてつながっている。

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文・編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
文筆家、編集者。東京にて出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の執筆・編集を中心に、アトリエ「月ノ座」を主宰し、展示やイベント、文章表現や編集、製本のワークショップなども行う。編著に『辻村史朗』(imura art+books)『標本の本京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。
写真:成田舞(なりた・まい)
山形県出身、京都市在住。写真家、二児の母。夫と一緒に運営するNeki inc.のフォトグラファーとしても写真を撮りながら、展覧会を行ったりさまざまなプロジェクトに参加している。体の内側に潜在している個人的で密やかなものと、体の外側に表出している事柄との関わりを写真を通して観察し、記録するのが得意。 著書に『ヨウルのラップ』(リトルモア 2011年)
http://www.naritamai.info/
https://www.neki.co.jp/