1)土をつくる 常滑の「田土」で
陶芸家・鯉江明さん1
常滑市、天竺。田んぼの広がる一帯を抜け、細い道を奥まったところまで進む。植物が猛々しくなり、竹藪の生い茂る中にぽっかりと空がひらける。小屋のような、屋根だけの建物。奥にはレンガを積み上げた薪窯がのぞく。
鯉江明さんの工房、天竺窯である。市街から車で10分足らずの土地なのに、別の時間が流れ、はるか昔からここにあるような趣を感じる。
明さんは1978年、常滑生まれ。心にあるのは、中世の焼きもの。室町以前のおおらかなものづくりである。
2001年に窯を築いて以来、明さんはここで仕事を続けている。使う土は、窯の敷地にある土。それを地元の木材で用いて、自身の窯に入れて焼く。明さんはそれをごく当たり前のこととして、地産地消という言葉が使われるようになるずっと以前から続けている。
高橋さんはこの明さんに、常滑にかぎらず、焼きものについて多くを学んできた。
明さんがもっとも時間をかけるのは「土づくり」だ。敷地に決めた場所があって、そこを掘る。
———僕は基本はここ、と決めています。10年くらい掘っていますね。鉄や砂や、いろいろ混ざっているから扱いやすい。
混ざっているところは1回ほぐれたものが溜まっている状態でもあります。人間が触ってもいい状態。層になっているところは、何百万年と固まったままなので、人間が触ったり水を入れたりすると、つくった後にキズが出るとか、反応してしまうんですよ。ここはもう人間の世界と馴染んでいるっていうか。山のなかにあるところはまだ惑星のままというか。
自身の掘る土を称して、明さんは「常滑の田土」という。その名の通り、田んぼで採れる土のことで、このあたりの土は鉄が多く、赤みがある。
土地の土であることを、明さんはもっとも大切にしている。
———土をつくるところから始めたいので、土に愛着を持てないとつくれないんです。その土で、常滑の土で何ができるか、っていう。常滑の土がいいからとか、そういうことじゃないです。
土を採ったら、それをバケツに入れて溶かす。水は雨水だ。
———季節にもよるんですけど、完全に溶けるには結構時間がかかります。水に溶けても大丈夫な部分とまだ水に溶けたがらない部分と。その辺を見極めながら。
雨水を使うのは、ここはもともと水道がきていないので。結果的にってわけじゃないですけど、雨水のほうがバクテリアが増えやすいので、土を分解してくれたりとか。水道水だと、カルキや塩素でバクテリアが死んでしまうので、粘りがなくなったりする。
溶けた土は脱水してざっと乾かし、いい固さになったら、ようやく土練りに入る。
———ここまで、土を掘ってから春夏だと2週間ぐらい、冬だと1ヵ月以上かかります。焼きものの工程で一番時間がかかるのが、実はこの土の仕込みですね。
明さんの土づくりは、地球の土の歴史を取りだし、それを現代に生み直すようなことかもしれない。言い換えれば、大きな時の流れを体感しながら、自然な土のありようを五感でたしかめ、必要最小限の手を加えて、別のかたちにするようなものだろうか。
———自分の表現がしたくてやっているわけではない。作家とか、そんなことも思っていないです。
淡々とした明さんの言葉が腑に落ちる。