アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

最新記事 編集部から新しい情報をご紹介。

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

TOP >>  特集
このページをシェア Twitter facebook
#113
2022.10

食と農の循環をつくりなおす

地域に「食の主権」を確立する 徳島・神山町3
4)食のあり方を主体的に決めるために

神山町がフードハブに学校給食を業務委託した背景には、地元の食材で給食を提供することを通して、地元に食材がある状況をつくり、「食料安全保障(Food security)」につなげたいという考えがある。

食料安全保障は、気候変動や国際情勢の影響により、食料生産および輸出入が不安定になるにつれてよく聞かれるようになった言葉だ。農林水産省は、「予想できない要因によって食料の供給が影響を受けるような場合のために、食料供給を確保するための対策や、その機動的な発動のあり方を検討し、いざというときのために日ごろから準備をしておくこと」と定義する。

神山町の学校給食は約230食、来年開校予定の神山まるごと高専の給食も含めると、最大約500食をフードハブが提供することになる。それに見合うための食材生産も行われるようになれば、神山町全体の食料自給率に反映する。地域に食材があり、調理する人たちがいることは、食を提供する力があることを意味する。まちに食べ物がある状況をつくることは、自分たちのまちを守ることにもつながる。フードハブは、神山町の食料安全保障に一役を担う存在になろうとしている。

もうひとつ、食を考えるうえで重要な概念に「食の主権(Food Sovereignty)」がある。「自分たちで自分たちにとって適切な食のあり方を決める権利」のこと。食料自給率だけでなく、食材となる作物を誰がどのようにつくり、誰がどのように調理して、誰と一緒に食べるのかということまでが含まれている。90年代から活動する、グローバルなアグリビジネスによる搾取に対抗する中小農業者の国際的なネットワーク「ビア・カンペシーナ(La Via Campesina)」が生み出した言葉だ。

「『小さいものと、小さいものをつなぐ』ことから、中山間地域の課題を解決する」というフードハブの取り組みは、地域の食料主権の再構築にもつながると考え、真鍋さんたちは自分たちの取り組みを世界に向けて発信しようとしている。来春、アメリカ・オースティンで開催される、音楽や映画、インタラクティブフェスティバルを組み合わせた大規模な見本市・サウス・バイ・サウスウェスト2023(SXSW)への出展に向けて準備中だ。テーマは「Chef is the Key to Rebuild Local Food Sovereignty | 地域の食の主権を再構築するカギはシェフにある」。フードハブは、地元の人たちとシェフがそれぞれのアイデンティティを取り戻していく、持続可能なエコシステムだという内容である。

「育てる」「つくる」「食べる」「つなぐ」というフードハブの取り組みが、神山町の食の主権の再構築につながっているのなら、フードハブに共感する全国の小さなまちが、それぞれのやり方で食の主権を考えていく契機にもなりうるはずだ。もし、この記事を読んでフードハブの取り組みに興味がわいたら、ぜひ一度神山を訪ねて数日過ごしてみてほしい。このまちの食の豊かさ、まちで暮らす人たちの食のあり方に触れていると、なぜ神山でフードハブが生まれたのかがわかるかもしれない。そして、あなた自身が望む「食の主権」のあり方についても思いを巡らせる機会にもなればと思う。

3L1A9487

かま屋店内の食器棚には、フードハブの田んぼで刈り取られた稲穂が飾られていた

取材・文:杉本恭子(すぎもと・きょうこ)
ライター。同志社大学大学院文学研究科新聞学専攻修了。アジールとなりうる空間、自治的な場に関心をもち、寺院、NPO法人、中山間地域でのまちづくりを担う人たちなどのインタビュー・取材を行っている。著書に『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』(フィルムアート社)など。
写真:石川奈都子(いしかわ・なつこ)
写真家。建築,料理,工芸,人物などの撮影を様々な媒体で行う傍ら、作品制作も続けている。撮影した書籍に『イノダアキオさんのコーヒーがおいしい理由』『絵本と一緒にまっすぐまっすぐ』(アノニマスタジオ)『和のおかずの教科書』(新星出版社)『農家の台所から』『石村由起子のインテリア』(主婦と生活社)『イギリスの家庭料理』(世界文化社)『脇坂克二のデザイン』(PIEBOOKS)『京都で見つける骨董小もの』(河出書房新社)など多数。「顔の見える間柄でお互いの得意なものを交換して暮らしていけたら」と思いを込めて、2015年より西陣にてマルシェ「環の市」を主宰。
編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
編集者、文筆家。出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や冊子の編集・執筆を中心に、それらに関連した展示やイベントも手がける。文章表現や編集などのワークショップ、展覧会等を行う「月ノ座」主宰。最新刊に編著書『辻村史朗』(imura art + books)。主な著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』(平凡社)、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)、編著書に『標本の本——京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)、構成・文『ありのまま』(著・梶田新章、リトルモア)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任講師・准教授。