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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#112
2022.09

食と農の循環をつくりなおす

2 「食農教育」と「学校食」でひらく未来 徳島・神山町

4)すべての子どもに農体験を

フードハブの食育係として5年間、樋口さんは保育所から高校まですべての学校で、食育の取り組みを広げていった。子どもたちは、食の循環を体験するなかで、自分たちが暮らす地域のつながりを理解していく。その姿を見て、樋口さんのなかに「地域の大人として、このまちの子どもたちが自然に知っていることのひとつに農業があるといい」という思いが生まれた。

子どもたち自身はどう思っていたのだろうか? 樋口さんらが、小学校の5年生で初めて田植えを経験した中学3年生の生徒たち、「農体験をしてみてどうだった?」と尋ねると、「農作業をしている人たちの見え方が変わった」「なんでもなかった風景がちゃんと真正面に見えるようになった」という答えが返ってきたそうだ。

———それを聞いて鳥肌が立ちました。私自身も、田んぼに入って米づくりをするなかで、風景の見え方が変わっていったから、納得感が大きかったのだと思います。私は、先生になって教科書で初めて「枝豆は大豆」だと知りましたし、野菜の育て方もいちいち検索しないとわからなかった。神奈川で働いていた頃、新鮮で安全な野菜を手に入れることは、お店で無農薬と書かれた少し高い野菜を選ぶという買い方の問題でした。ところが神山にいると、本来は近くで採れる野菜をおいしく食べるというシンプルなあり方が、豊かさにつながっているのだと実感するようになったんです。

子どもたちと自分自身の実感が重なり合っているという手応えを得て、樋口さんたちは「食育」を「食農教育」へと呼び方を変えた。食育に取り組む学校は全国にも多くあるが、食農教育に取り組む学校はまだ少ない。その活動の意義を広め、より食農教育に特化したしくみをつくるために、フードハブの食育部門を独立させてNPO法人化することにした。設立準備には、フードハブのメンバーや神山つなぐ公社のメンバーも加わり、2022年3月にNPO法人まちの食農教育が立ち上がった。合言葉は「すべての子どもに農体験を」である。

———「食べる」は誰にとっても身近だけれど、「つくる」「育てる」となるとちょっと距離があります。農体験を通して、「育てる」体験を日常のものにしてほしいと思い、「すべての子どもに農体験を」を合言葉にしています。たしかに、種を選んで植えて育てて収穫すること、種をつないでいくことには時間も手間もかかります。でも、土に触れて野菜を育てていれば五感でいのちの循環を捉えられるし、農が食を支える基盤であることも自ずとわかってきます。さらに、収穫した野菜を販売したり、調理したり商品にしたりする工程を知っていくと、食べ物の背景にある循環にも、自然と目を向けられるようになります。

食べるという行為は、いのちの循環に参加することだ。しかし、どこで誰がつくったのかわからない食べ物を、お腹を満たすために買って食べる日常では、「つくる」人の姿も「育てる」風景も見えてこない。子どもだけでなく大人にも、「つくる」「育てる」体験が必要だと思う。それはきっと、いのちの風景を取り戻す手がかりになるはずだ。