5)おいしい「学校食」がもたらすもの
まちの食農教育では、フードハブでやってきた町内の学校での食農教育を続けながら、新たに「学校食(Community Supported School Lunch)」というプログラムをつくりはじめている。ほとんどの小中学校で実施されている(*)給食の教育的価値を高め、子どもたちの食環境にアプローチしようとする試みだ。
その背景には、2022年度からフードハブが神山町の給食調理業務に携わりはじめたことも大きい。フードハブの農業チームは地域の農家とともに食材調達を、フードハブ設立に関わった株式会社モノサスの「MONOSUS社食研」が調理オペレーション担当。まちの食農教育は、食育を担う栄養教諭と連携しながら、学校食のプログラムを体系化していくという。教育委員会の協力体制のもと、フードハブとMONOSUS社食研、まちの食農教育のメンバーが連携して取り組めるのは大きな強みだ。
———学校食は、「農体験」「食育」「給食」と3つの体験を一体的に捉える枠組みです。農体験や食育に、給食を加えることで「育てる」「つくる」「食べる」「つなぐ」という食の学びを、より連続的なものとして実装できる可能性が見えてきました。給食は「調理されたものを食べる」という食の最終工程です。神山にはすでに、子どもたちの農体験を、フードハブやまちの大人たちと一緒につくってきた状況があります。今度は「給食で食べているものはまちの風景のなかで育ってきたものだよ」「どんな人が関わって、どうやって調理されているんだろう」というところまで、子どもたちが受け取れるようなプログラムづくりに挑戦したいと思っています。
学校給食は、国が定めた衛生管理と栄養管理の基準に則って、厳しいコントロールのもとでつくられている。そのシステムのなかで、給食を“おいしい食事”として届けると同時に、地域の農家さんや給食を調理する人たちに思いを馳せる機会につくりかえていきたいと樋口さんは言う。
———これから神山で、食と農の循環を実感しながら食べる給食にする取り組みをやり切れたら、他の地域にも伝えていけるのではないかと考えています。学校給食で、全国の子どもたちが「おいしい」と感じる原体験ができれば、きっと健やかに育つんじゃないかと思うんです。給食には、地域の人たちとの関係性を結ぶツールにもなりうるし、地域の風景を知ることにもつながる可能性があります。学校の先生たちも一緒に、給食を通してその可能性を実感してほしいと思っているので、先生たちが納得できるプログラムにすることも大切なミッションだと感じています。
神山の小中学校の給食では、町内産の野菜を優先的に調達している。また、MONOSUS社食研では、栄養教諭と相談しながら調理の手順の見直しにも取り組みはじめた。たとえば、野菜をカットする方法を機械から手刻みに変えるだけで、繊維が生かされるので歯ごたえが違ってくる。塩を加えるタイミングも、野菜の浸透圧や旨味を引き出すことを考慮して組み直しているそうだ。
———栄養の観点では、野菜の量や塩分量などグラム単位のデータが重視されています。同じ材料を使っていても、料理人の目線でひと工夫すると味が大きく変わります。食器の回収に行くと、「今日のレタスチャーハンおいしかった!」と駆け寄ってきてくれる子もいます。調理場で起きていることを知らなくても、子どもたちは味の変化にちゃんと気づく感覚をもっているんだなと驚かされました。
まちの食農教育では、学校給食のアップデートに取り組みながら、今後は大人向けの食農体験や食農コーディネーター養成講座の開催も視野に入れているという。「学校食」が全国に広がり、食と農の循環を体験する子どもたちが増えていったら、どんな社会がつくられていくのだろうか。樋口さんのワクワクが、その未来を切りひらいていく。
次号では、フードハブ共同代表の真鍋太一さんと白桃薫さんに、立ち上げからの5年間を振り返っていただきつつ、今後の方向性についてお話を伺ってみたい。
*小学校99.1%、中学校89.9%。2018年度文部科学省「学校給食実施状況等調査」より
ライター。同志社大学大学院文学研究科新聞学専攻修了。アジールとなりうる空間、自治的な場に関心をもち、寺院、NPO法人、中山間地域でのまちづくりを担う人たちなどのインタビュー・取材を行っている。著書に『京大的文化事典 自由とカオスの生態系』(フィルムアート社)など。
写真家。建築,料理,工芸,人物などの撮影を様々な媒体で行う傍ら、作品制作も続けている。撮影した書籍に『イノダアキオさんのコーヒーがおいしい理由』『絵本と一緒にまっすぐまっすぐ』(アノニマスタジオ)『和のおかずの教科書』(新星出版社)『農家の台所から』『石村由起子のインテリア』(主婦と生活社)『イギリスの家庭料理』(世界文化社)『脇坂克二のデザイン』(PIEBOOKS)『京都で見つける骨董小もの』(河出書房新社)など多数。「顔の見える間柄でお互いの得意なものを交換して暮らしていけたら」と思いを込めて、2015年より西陣にてマルシェ「環の市」を主宰。
編集者、文筆家。出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や冊子の編集・執筆を中心に、それらに関連した展示やイベントも手がける。文章表現や編集などのワークショップ、展覧会等を行う「月ノ座」主宰。最新刊に編著書『辻村史朗』(imura art + books)。主な著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』(平凡社)、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)、編著書に『標本の本——京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)、構成・文『ありのまま』(著・梶田新章、リトルモア)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任講師・准教授。