アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#112
2022.09

食と農の循環をつくりなおす

2 「食農教育」と「学校食」でひらく未来 徳島・神山町

3)耕作放棄地を在来種小麦の畑に まめのくぼプロジェクト

2019年秋、神山校では、耕作放棄地を再耕起して70年以上継がれてきた在来種・神山小麦を栽培する「まめのくぼプロジェクト」がはじまった。場所は、神山校の近くにある谷地区(通称:まめのくぼ)。プロジェクト名はその通称にちなんでつけられた。

当時、まめのくぼの段畑は耕作放棄地になって10年以上が過ぎていたため、プロジェクトは背丈より高く伸びた草を刈り、畑の周囲の石積みを直すことからはじまった。石積みは地域にある石を使い、人の手でつくって修復もできる環境負荷の低い工法。地形の傾斜を生かして積んだ石の隙間から水を逃し、畑の水はけをよくする機能にも優れている。

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神山の風景を特徴づける石積み。町内でも集落によって石の種類や大きさ、積み方が少しずつ異なっている / 神山校の生徒たちが耕作放棄地を耕して再生させたまめのくぼ。石積みとコンクリート擁壁が混在する

近年ではその価値が見直されている石積みだが、神山で石を積む技術をもつ人はもう80代以上になっており、受け継ぐ次世代は育っていない。そこで神山校は、石積みの技術継承に取り組むNPO法人石積み学校に、高校生への技術指導を依頼。神山の人々がつくりあげてきた、美しい景観を次の世代につなぐ一歩を踏み出している。まめのくぼの崩れた石積みも、高校生たちが中心になって積み直していった。

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2019年秋、神山小麦を初めて播種する神山校の生徒たち(写真提供:フードハブ)

畑の整地を終えると畝を立てて種を蒔いていく。「ちゃんと芽はでるだろうか」「苗を鹿に食べられないだろうか」と、先生も生徒も一緒にドキドキしながら畑を見守った。ようやく小麦の穂が見えてホッとした頃、水路の問題で畑が水浸しになるというハプニングも起きた。コロナ禍で休校中だったため、樋口さんや先生たちが集まって畑から水を掻き出し、水路を掃除して整え直した。

———昔のまめのくぼは一面に棚田が広がっていたそうです。その風景を知っている人たちから、「高校生が小麦畑をつくってくれているのがうれしい」という言葉も聞いていて。高校生たちが、その言葉の重みをどれくらい感じているのかはわかりませんが、この土地を耕してきた人たちに思いを馳せる時間をここで過ごせたらすごくいいなあと思っています。

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同心円状に段畑が広がるまめのくぼ。年を追うごとに小麦を植え付ける面積を広げている

2020年6月に初めての収穫を終えると、高校生たちは自分たちが育てた小麦で加工品などの商品開発にも取り組んだ。2021年には、かまパンの笹川大輔さんの協力を得て、神山小麦を使ったパンをつくる調理実習も実施。発酵させてつくるパン、発酵させずにつくるパンのつくり方を学び、粒のままで小麦を食べるポトフとともに味わった。もちろん、ポトフの野菜は神山校産と神山町産の野菜である。

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「神山小麦を使った調理実習をしたい」という先生からのリクエストを受けて、かまパンの笹川さんがパンづくり講習を開催。神山小麦の商品開発としてのパンづくりに取り組んだ(写真提供:フードハブ)

神山の学校での食育は、生徒たちを真ん中に置いて、先生たちとフードハブ、神山つなぐ公社だけでなく地域の大人たちが関わりながらつくられていった。「地域の人たちが協力的なのも、神山ならではかもしれない」と樋口さんは言う。その背景には、受け継がれてきた神山の風景とともに、農業の営みや食の文化を将来世代へとつないでいこうとする、まちの意思が働いているのだと思う。