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アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#111
2022.08

食と農の循環をつくりなおす

1 「小さいものと、小さいものをつなぐ。」徳島・神山町
2)地域で育てたものを、地域の人と一緒に食べる「食堂 かま屋」

神山町役場から徒歩5分、国道438号線沿いに、フードハブの活動拠点であり食堂棟「かま屋」はある。中庭を挟んでL字型の位置に、パンと食料品などを扱う「かまパン&ストア」。山側には、フードハブの農業チームが耕す畑「つなぐ農園」が見える。

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2017年3月3日のグランドオープン当時、真新しかった建物や外席のベンチも、ほどよく経年変化してまちの風景に馴染んできた

かま屋は、主に神山町産の食材を使って料理を出す、“地産地食”の食堂だ。ランチの産食率(町産食材品目数÷食材品目の総合計)は50〜70%前後にもなる。テーブルと椅子、トレイも、まちの特産品・神山杉でつくられているし、食器や食器棚には地元の家から譲り受けたものも多い。かま屋の空間のほとんどが、まちの誰かとの関係を示していると言っても過言ではない。

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オープンキッチンの周囲には、かま屋が野菜を仕入れる農家さん、器を提供してくれた人など、かま屋に関わった人たちの名札が並んでいる / かま屋のテーブルに置かれている産食率カード。夏には70%を超えることも

厨房できびきびと働いているのは、食堂チーム・料理長の清水愛(めぐみ)さん。東京、札幌、淡路島で調理の経験を積んだのち、2019年10月に入社した。

———かま屋の厨房は客席を見渡せるオープン・キッチン。自分のつくる料理を目の前で食べてもらえます。また、農業チーム、パンチーム、加工チームといろんな人たちがいて、刺激をもらいながら働ける、すごく豊かな場所だなと思いました。

かま屋では、自社のつなぐ農園のほか、なるべく化学肥料を使わない農法で野菜を栽培する60〜80代の農家さんたち「里山の会」などから、旬の野菜を仕入れている。その味は、「都会のスーパーで季節を問わずに売られている野菜とは全然違う」と清水さんは言う。

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清水愛さん(かま屋料理長)。徳島市出身。前職では規格外の野菜を料理するなど、生産者と近い関係のなかで仕事をしていたそう。「ここなら自分がやってきたことが生かせる」とフードハブに参画

———食べたときに「おいしい!」って心も身体も喜ぶような感覚があるんです。お客さんが「おいしい」と言ってくださったときは、「これは、農家さんが土づくりから手間ひまかけて育てた野菜なんですよ」と伝えられる。かま屋は、季節の野菜のおいしさを表現できる場だなと思っています。

かま屋のメニューを監修しているのは、ジェローム・ワーグさん。米・バークレーで約40年間、地産地食の文化を育んできたオーガニック・レストラン「Chez Panisse」の元・総料理長であり、東京・神田のレストラン「the Blind Donkey」のヘッド・シェフだ。フードハブ共同代表のひとり、真鍋太一さんと旧知の間柄であることから、コラボレーションが実現した。

2020年春、新型コロナウイルスの感染拡大が起きたとき、かま屋は1ヶ月間休業してメニューの見直しを図った。同じくthe Blind Donkeyを休業して神山に滞在していたワーグさんに協力を依頼。よりシンプルに野菜のおいしさを表現する料理で構成する、週替わりの定食スタイルのランチをつくりあげた。

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(左上から時計回りに)やさいのちえ ハーブサラダ、さくらファーム 小松菜のスチーム、つなぐ農園 人参のてんぷら、阿波乃北方農園 釜炊き豆ご飯、阿波美豚ローストポーク にんにくのコンフィ 里山の会 じゃがいものピューレ。フードハブの農業チームから独立した大東千恵さんによる「やさいのちえ」の野菜は、一度食べるとその味を覚えてしまうほど個性がある

毎週金曜日、ワーグさんと清水さんらかま屋のスタッフは、仕入れの状況を確認しながら、翌週のメニューを決めている。ワーグさんはいつも「お皿の上のしごとは、農家が半分、料理人が半分」と言い、土地と季節が生み出す素材の力を最大限に引き出すことを大事にする。

———かま屋のスープの材料は玉ねぎと野菜と塩と水だけでつくっていますが、野菜が苦手な子も「おいしい!」と飲み干してしまいます。農家さんたちは「自分たちの野菜がこんな料理になるの?」とびっくりしてくれて、「どうやってつくるの?」と帰り際に聞いてくれます。やっぱりおいしいものを口にすると、食べた瞬間の表情が違うなと思います。

野菜を育てる人、料理をつくる人、料理を食べる人。「おいしい!」を合言葉に、喜びを伝え合う関係性が育まれていく。

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全神経を集中して、一皿ごとを仕上げていく厨房の清水さん。無駄のない動きがとても美しい