アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#109
2022.06

道後温泉アートプロジェクト 10年の取り組み

2 地域×アートの課題と実践を探る
1)昼夜を通して、長い会期で アートを浸透させる

道後温泉のアートプロジェクトは、行政と温泉旅館と商店街、そして道後のまちの人々が共同で取り組むアート事業である。主催は、松山市と地域の3団体(道後温泉旅館協同組合、道後商店街振興組合、道後温泉誇れるまちづくり推進協議会)を含む構成団体で組織する実行委員会。事務局は松山市の道後温泉事務所内にあり、公衆浴場の運営や源泉管理といった、道後温泉に関わる業務のひとつとしてアートがある。予算は市が単年度単位で決定して事務局が管理する。前回登場したスパイラル / 株式会社ワコールアートセンターのような外部の受託事業者も、市の公平性を保つために公募で選出される。道後のアート事業はこうして単年度ベースで進められており、それがプロジェクトに一貫性が生じにくい原因にもなっている。

行政の担当である岡田直人さんは、松山市の職員で、道後温泉事務所でアート事業を担当して3年目。2014年のオンセナートの時は、観客として道後まで足を運んだという。

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岡田直人さん。飛鳥乃湯泉(あすかのゆ)にて

———道後温泉でアートが始まったひとつのきっかけは、道後温泉本館が2019(平成31)年から7年間の保存修理工事に入ることがありました。シンクタンクが行った経済波及調査でも、保存修理工事期間に経済的な影響が出ることは明らかでした。そこで保存修理工事終了までの10年間について活性化計画が策定され、それに連動してアート事業が始まったと聞いています。道後温泉は観光地なので、どうしても観光客誘致は視野にあります。観光客がいつ来ても楽しめるようにと、会期が1年と長いのも道後のアート事業の特徴です。ただ道後には古くから住まわれている方も多く、歴史的な建造物と現代アートは合わないのでは、という意見はずっとあります。

もともと道後は歴史ある古いまちで高齢者も多く、変化や新しいことには保守的な傾向が強い。その一方で、道後温泉地区からすこし範囲をひろげてみると、松山市民と道後温泉の心理的距離がアートプロジェクトによって縮まったという変化がある。市の中心部から路面電車でわずか10分という距離にもかかわらず、道後温泉はこれまで市民にとって近くて遠い存在だったと岡田さんはいう。

———私もずっと松山に住んでいますが、実は3年前配属になって初めて道後の湯に入りに来ました。道後は観光地なので日常の生活からは遠く、私のように松山に住んでいても行ったことがないという人は少なくありません。市内にはスーパー銭湯をはじめ設備の整った温泉がいくつもあり、混み合っていて、シャンプーも石鹸もない道後温泉本館に足を運ぶ理由もないんですね。ところがオンセナートが始まってからは、道後に足を運ぶ松山市民が確実に増えました。市内の友人からも「行ったよ、よかったよ」という声を聞くようになりました。道後温泉のアートプロジェクトを続けてきましたが、ここ数年で松山市の人にもだいぶ浸透してきた印象があります。「道後温泉といえばアート」が少しずつ根づいてきているので、市も予算を充てられるということはあると思いますね。

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会期が1年と長いこと、また昼夜を通して楽しめるアートが道後のアートプロジェクトの大きな特徴でもある。飛鳥乃湯泉で現在展示されているのは蜷川実花作品「飛鳥乃湯泉インスタレーション」。長期展示にも耐える素材が選ばれ、色彩が映えるきれいな状態が持続している