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アネモメトリ -風の手帖-

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#105
2022.02

子どもが育つ、大人も育つ

3 「学び合う」という実験 秋田県五城目町・ものかたり
4)「未知」をひらく道の途中

「これからの時代、美術教育というかたちで学校で教えるよりも、生活圏のなかでさまざまな気づきを得られる環境が担保されていることの方が、重要になるのではないかと思っています」と小熊さんは話す。しかし、こうした学びの場をものかたりだけに閉じているわけではない。既存の教育ではこぼれてしまう、気づきをすくいあげるような視点から、学校教育にも積極的にかかわっている。

小熊さんにインタビューした前日には、隣の井川町の井川義務教育学校(小学校と中学校が統合されてできた公立の学校)で小熊さんが行う授業があり、そのようすも見学させてもらった。複数の彫刻作品が展示されている公園に行き、その作品のなかから子どもたちが自ら好きなものを選んで、「学芸員になって解説する」という内容の授業だ。子どもたちはグループごとに、一つの作品の前で、自分たちが感じたことや調べた内容に基づいて発表する。学校教育の枠組みのなかで行わなければならない難しさは感じられたものの、子どもたちの解説には意外性があり、美術作品に対する自由な見方を感じさせる発表も少なくなかった。身近な風景から新しいものを見ることをアートだと考える、小熊さんの視点があってこそできる授業なのではないかと思う。

———既存の学校教育ではどうしても、有名な美術作品を見て、それに対する専門家の見方などを知るのがアートなんだっていう価値観を刷り込まれてしまう部分があります。「もっと自由に捉えていいんだよ」って教えたら、きっともっとアートや美術を面白がってもらえるのにって思ったりします。でも、制度や現場の制約もある。学校教育でできることとできないことがあります。だから、自分が学校のなかで授業をすることがあれば、向こうの土俵に合わせつつ、大事にしたいエッセンスは上手く組み込むということを心がけます。そして、やはり学校ではできないことは、外に学びの場をつくって、互いに補完関係になれるのが理想なのかなって思います。

学びの場をつくること。それはまだ知らない世界につながる道をつくることでもある。
こうしたものかたりという枠組みを離れての取り組みは、小熊さんが立ち上げた「合同会社みちひらき」として請け負っている。みちひらきという名前にも、出会った人にとって何か新しい選択肢がひらけることや、見慣れた場所に知らない「未知」がひらかれるという意味が込められているのだ。
ものかたりと、みちひらき。この2つを通しての実践は、これから先のまちの姿にもかかわってくる。五城目町には「333、」展をともにしたような移住者が少しずつ増える一方、人口減少がすすむ現実もあるなか、小熊さんはどうありたいと思っているのだろうか。

———持続可能な地域とはどんなところかと言えば、僕は「学び合える環境がある場所」だと考えています。地元の人同士もそうですが、外の地域の人と行き来があって互いに学び合える環境。それが厚みを持っているといいなって思います。ここで育った子どもたちも、外に出ていっていいんです。ただ、「ここにはやりたいことやできることがないから外に行く」じゃなくて「ここにもあるけど、外の世界も知りたいから行ってみる」というマインドの子が増えたらいいなと思います。「五城目町となぜか繋がっているアフリカのあの場所へ行ってみる」とかそういう出発点だったらいいなって。文化や芸術活動に対して、施設や制度ありきじゃなくて、もっと自由な感覚を持っていることは、きっとそうした意識にも繋がってきます。ものかたりもみちひらきも、そういう役割を担える場所として定着していたらいいなと思っています。

アートを学ぶとは、自分たちが生きている世界についてよりよく知ることであり、そこから、自ら考えて生きる力を身につけることに他ならない。そしてそのための場は、大人と子どもという垣根を超えて、誰もが育つための場所になる。小熊さんの取り組みは、そんなことを感じさせてくれる。その実践と挑戦は、これからも続く。

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井川町の日本国花苑は多数の野外彫刻が点在する。小熊さんは「各班で彫刻を作品をひとつ選び、その作品について調べ、作品になりきってみよう」という課題を出した。子どもたちが作品を見て考えたという詩を朗読してみたり、ポーズをとってみたりするたびに、同行していた保護者も反応していた

ものかたり
http://www.mono-katari.jp/
取材・文:近藤雄生(こんどう・ゆうき)
1976(昭和51)年東京都生れ。東京大学工学部卒業、同大学院修了。2003年、旅をしながら文章を書いて暮らそうと、結婚直後に妻とともに日本を発つ。 オーストラリア、東南アジア、中国、ユーラシア大陸で、約5年半の間、旅・定住を繰り返しながら月刊誌や週刊誌にルポルタージュなどを寄稿。2008年に帰国、以来京都市在住。著書に『遊牧夫婦』シリーズ(ミシマ社/角川文庫)、『旅に出よう』(岩波ジュニア新書)、吃音 伝えられないもどかしさ』(新潮社)、最新刊『まだ見ぬあの地へ 旅すること、書くこと、生きること』(産業編集センター)など。大谷大学/京都芸術大学非常勤講師、理系ライター集団「チーム・パスカル」メンバー。https://www.yukikondo.jp/
写真:吉田亮人(よしだ・あきひと)
1980年宮崎県生まれ。京都市在住。滋賀大学教育学部障害児学科卒業後、タイにて日本語教師として現地の大学に1年間勤務。帰国後、小学校教員として6年間勤務し、退職。2010年よりフリーの写真家として活動開始。雑誌・広告を中心に活動しながら、作品制作を行う。『ナショナルジオグラフィック日本版』をはじめ、主要雑誌に作品を発表すると共に、写真展も精力的に行う。日経ナショナルジオグラフィック写真賞ピープル部門最優秀賞(2016)、コニカミノルタ・フォトプレミオ年度大賞(2014)など、受賞多数。写真集『Brick Yard』『Tannery』『The Absence of Two』などを発行。http://www.akihito-yoshida.com
編集:浪花朱音(なにわ・あかね)
1992
年鳥取県生まれ。京都の編集プロダクションにて書籍や雑誌、フリーペーパーなどさまざまな媒体の編集・執筆に携わる。退職後は書店で働く傍らフリーランスの編集者・ライターとして独立。約3年のポーランド滞在を経て、2020年より滋賀県大津市在住。
ディレクション:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
編集と執筆。出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の編集・執筆を中心に、それらに関連した展示やイベント、文章表現や編集のワークショップ主宰など。編著に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。