2)まちの文化を目に見えるかたちに
オープンから5年に渡ってさまざまな取り組みを行ってきたものかたりだが、訪れたときは、「333、」という展覧会がひらかれていた。小熊さんが言う。
———江戸時代から続く酒蔵が今年創業333周年を迎えました。コロナで延期せざるを得なかった記念企画を、16代目社長・渡邉康衛さんより年内にできる範囲で実施したいと相談を受けまして、「福禄寿酒造」の展覧会を共同で開催しています。
それが「333、」です。ちなみに、渡邉さんご夫妻にとって、333年というのは、節目というよりも、これからも続いていく福禄寿酒造の通過点であり、だから、ピリオドじゃなくて点だという意味で、タイトルに「、」を入れました。「さんさんさんてん」と読みます。
ものかたりのギャラリースペースには、福禄寿酒造の歴史がわかる各種資料や物品、古い写真などが展示されていた。また、福禄寿酒造の現在のようすや酒造りについて伝える写真や動画もある。ギャラリースペースは蔵とつながり、床の間もあり、長い歴史を感じさせるつくりになっている。その雰囲気が、展示されている物品や写真と合わさって古い時代を想起させ、かつての酒造のようすも想像できた。ただ、「333、」展は、ものかたりの展示だけではないという。
———ものかたり以外に、このまちにある5つの商店などが会場となって、写真を展示しています。その全体が、「333、」を成しています。同時に、展示会場などでスタンプラリーも行っていて、展示をみながら五城目町を歩いてもらえたら、という企画になっています。
展示会場のうち、小熊さんは、革製品の店「すずなり」、「いちカフェ」の2ヵ所に、そして、展示はないがスタンプラリーが行われている「小川古書店」にも案内してくれた。いずれもものかたりの近所である。
展示会場の2つの店内には、福禄寿酒造の酒造りの過程を収めた写真が一枚ずつ展示してあった。すずなりは、カウンターの後ろの壁に、そしていちカフェは、2階へ上がる階段の壁に。いずれもうっかりすると見逃してしまいそうな場所に、特段の説明もなく、空間に溶け込むかたちで掛けられている。存在を主張しない、優しく控えめな展示であり、作品を見てもらうことが目的のいわゆる展覧会とは大きく趣を異にする。作品を見ることや、作品そのものだけがアートなのではない。まちなかにこのようなかたちで作品をおいてみること自体が面白く、写真があることによって「いつもと少し景色が違う」と、人々が気づくこと自体に意味がある。小熊さんのそんな意図が感じられる展示だった。
———アートは、美術館や博物館の中にあるだけではなく、生活圏のなかに広くあるものだと僕は考えています。だから、ただものかたりという場に来て作品を見てもらう、というのではなくて、五城目っていう場のなかでアートの活動が広がっていくというのが理想です。「333、」は、思った以上にまちの人が気にかけてくれました。福禄寿酒造という、地元の人にとって身近な存在に関する写真やものが、まちの各地で展示されているためだと思います。普段ものかたりのイベントに来ないようなお客さんでも、展覧会名を覚えてくれていたりと、すごく広がりを感じます。
そして小熊さんのいう、アートは「生活圏のなかにある」という考え方は、彼の、子どもへの教育に対する姿勢ともつながっているのだろう。
———展示自体は渋いので、子どもだけで遊びに来ることはないんですけど、お父さんやお母さんと一緒に来て、スタンプラリーで遊んでもらうということはよくあります。そういうなかで、何か記憶に残ってくれたらいいなって思っています。333年も続いている生業って、文化ですよね。その文化が、今回の展覧会で子どもたちにとっても、目に見えるかたちになっていたらいいなと。
教室で学ぶべきことももちろんある。その一方で、生活のなかで学べることもさまざまにある。子どもはそのなかで生きる日々を通じて自然に何かに気づいていく。そのようなきっかけをいかにつくるかということが、小熊さんにとっての教育のありかたなのではないかと感じる。