3)日常にある「アトリエ」がもたらすもの
こうしたコミュニティの広がりのなかから、白老に移住する人も現れている。前編で紹介した、アーティストでデザイナーの石川大峰さんもその1人だ。
石川さんは、2018年に札幌から白老町の竹浦という地区に家族3人で住まいを移している。飛生の森の入り口にある根曲がり竹の作品《topusi(トプシ)》をつくり続けることは、もはやライフワークとなっている。「家族ができて、より衣食住のことを考えるようになり、自然が近くて広い制作環境を求めて移住しました」と石川さん。竹素材とのかかわりなどから、竹浦という場所にも縁を感じているという。
自宅の水道は倶多楽湖の伏流水を汲み上げ、お風呂は白老ならでは温泉。北海道では必須のお湯をつくるためのボイラーも必要ない。アトリエは札幌では考えられない広さの物件を安く手にできるうえ、雪が少ない白老は冬場を過ごしやすく、移動もしやすい。やはり、デザインや空間づくりを手がける石川さんにとっても、「この環境は魅力。アトリエの広さとつくる作品は影響しあう」と言う。
石川さんは、國松明日香さんが札幌市立高等専門学校で教鞭をとっていたときの教え子でもあり、希根太さんや飛生アートコミュニティーとのかかわりも長い。そんな石川さんが、「飛生アートコミュニティーは、日々誰かがものをつくっているアトリエが軸にある」と語っていたのが、とても印象に残っている。
石川さんは、こう語る。
———年に1回のお披露目としての芸術祭、10年前からはじまった森づくり、そこから派生するさまざまな活動も、すべてはここが日常的にアトリエとして使われているという基軸の上に成り立っています。年に一度使われる商業的なスペースでなければ、お金をとって作品を見せる美術館のような場でもない。ここは制作の拠点であり、創造する拠点である、というか。だから商業的におもねるようなこともない。アトリエであることが、自分はいいなと思いますね。そういう軸があるからこそ、自然にアーティストが滞在制作するようになり、作品が生まれ、それとかかわる人の輪もできているんじゃないかな、と。
石川さんの周辺でも白老に魅力を感じて移住した家族や友人もいるという。その延長上で、石川さんは、「アーティストや作家のアトリエやスタジオが集積して、アートの産直のようなこともできたら」と夢を語っていた。
アートコミュニティは徐々に広がり、地域に人を呼び寄せ始めている。廃屋も目立つようになってきた白老のまちの風景が、アートやアトリエで彩られていく姿が見られるだろうか。