アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

特集 地域や風土のすがたを見直す、芸術の最前線

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#104
2022.01

森づくりとともに 飛生芸術祭という夢を重ねる

3 そして、次世代へ アートコミュニティの35年 北海道・白老町
4)世代や生業を超える、生きるためのアート

こうした大人たちの姿を傍で見つめているのが、第3世代となる子どもたちだ。

飛生アートコミュニティーは、もともと小学校であったこともあって、飛生芸術祭も現代アートの催しでありながら、子どもたちも楽しく滞在できるよう意識してつくられてきた。TOBIU CAMPも高校生以下は入場無料。「当初は20代だったメンバーも10年のうちに結婚し、家族が増えて、自然とそういう形になっていった」と国松希根太さんは語る。会場には子連れで訪れる人も多い。

———子どもが増えてきたので、子どもができるワークショップをやってみよう、授乳室もつくろうと、少しずつ中身を充実させてきたんです。ここはもともと小学校なので、子どもが遊んでいた場所です。廃校になったあとも、また子どもが戻ってくる場所にしたかった。森づくりも含めて、子どものいる風景を夢見てきたんです。

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メンバーの子どもたちは小学生を中心に約十数人。奈良美智さんや劇作家・演出家の羊屋白玉さんが率いる演劇集団「指輪ホテル」など、滞在制作するアーティストたちが、子どもたちとここならではの作品づくりも行っている。また、近隣の小学校とアーティストが協働した授業や作品づくりも行われてきている。それは、本物のアーティストを先生として迎えた、学校の美術部の部活動のようでもある。

2018年に、台風と北海道胆振東部地震の影響でTOBIU CAMPが中止になったとき、私はこの場に来ていた。飛生の森のシンボルツリー《Tupiu NEST》も強風で倒れ、キャンプファイヤーの前で意気消沈している私たち大人の前で、子どもたちがその年上演するはずだったパフォーマンスを披露してくれたことがあった。

その場で、子どもたちから「校歌を歌いたい」という声が上がり、幻想的にライトアップされた旧体育館で、旧飛生小学校の「校歌」がアコーディオンの伴奏で合唱された。「校歌」とは校舎内でたまたま発見された楽譜をもとに、指輪ホテルが再現・演奏した《うたごえ》という楽曲だ。

「友が呼ぶ呼ぶ/校舎が招く/笑顔あふれる/仲間の中で/たゆまぬ前進/続けつつ/手と手をつないで/かがやける/未来を生み出す/飛生小」(作詞:伝法亀一郎)

とっくの昔に歌われなくなった校歌を、いま歌い継ぐ子どもたちがいる。そのことは、今でも忘れえない光景として、まぶたの裏に焼きついている。

国松さんたちには、子どもたちが楽しめること以上に、もっと大事にしていることがあるという。それは、大人も子どもになる、子どもの気持ちに戻れるということ。「ここにいるときだけは、大人と子どもの垣根がない時間を楽しんでほしい」と。

今年の芸術祭では、台風によって倒れた《Tupiu NEST》を起こして、修復したときの記録映像も旧体育館で流されていた。倒木を立て直すにあたっては、メンバーの間で、シンボルツリーとはいえ、本当に立て直すのが木にとっていいのか、人間のエゴではないのかなどと、激しい議論も交わされていた。

シンボルツリーは根を養生するため、ワイヤーで引っ張り固定される。実際の作業は、アーティストよりも、木こりの知恵や技術を借りて行われていく。一方、木こりにとっても、いわゆる林業とは異なる視点での取り組みとなる。このようにして、倒木を立て直そうとすることなど、本業ではないことだろう。

倒木を立てるまでのプロセスに向き合うなかで、領域を超えた協働、そして学びが生まれ、お互いに対するリスペクトや信頼も生み出されていく。木が立ち上がったときに、メンバーが全員で抱き合う姿は感動的だ。困難を乗り越え、生きるための学びとしてアートがそこにはある。大人たちの姿は、本気で遊ぶ子どものようでもある。

飛生アートコミュニティーは、35年前になくなった学び舎を、もととは全く違う形で蘇らせているのかもしれない。そんな大人たちの取り組みを、子どもたちはどんな想いで見つめているのだろうか。今、彼らは、ちょうど国松さんたちが親の活動を、好奇心を胸にじっと見つめていた時期を迎えている。

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台風によって倒れた《Tupiu NEST》を起こし、修復したときの記録映像《Tupiu NEST rearise》(制作:竹浦和弥)/ メンバーたちの手で見事に立て直された現在のすがた

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飛生芸術祭
https://tobiu.com/

取材・文:末澤寧史(すえざわ・やすふみ)
ノンフィクションライター・編集者。Yahoo!ニュース 特集で「『僕らは同じ夢を見る』—— 北海道、小さな森の芸術祭の10年」を取材・執筆。1981年、札幌生まれ。慶應義塾大学法学部法律学科卒業。出版社勤務を経て2019年に独立。2021年に出版社の株式会社どく社を仲間と立ち上げ、代表取締役に就任。絵本作家・小林豊のもとで表現や絵本づくりを学び、『海峡のまちのハリル』(三輪舎、小林豊/絵)を創作。共著に『わたしと「平成」』(フィルムアート社)ほか多数。本のカバーと表紙のデザインギャップを楽しむ「本のヌード展」主宰。

写真:高橋 宗正(たかはし・むねまさ)
1980年生まれ。写真家。『スカイフィッシュ』(2010)、『津波、写真、それから』(2014)、『石をつむ』(2015)、『Birds on the Heads / Bodies in the Dark』(2016)。2010年、AKAAKAにて個展「スカイフィッシュ」を開催。2002年、「キヤノン写真新世紀」優秀賞を写真ユニットSABAにて受賞。2008年、「littlemoreBCCKS第1回写真集公募展」リトルモア賞受賞。

編集:村松美賀子(むらまつ・みかこ)
編集と執筆。出版社勤務の後、ロンドン滞在を経て2000年から京都在住。書籍や雑誌の編集・執筆を中心に、「月ノ座」名義で展示やイベント、文章表現や編集のワークショップ主宰など。編著に『標本の本-京都大学総合博物館の収蔵室から』(青幻舎)や限定部数のアートブック『book ladder』など、著書に『京都でみつける骨董小もの』(河出書房新社)『京都の市で遊ぶ』『いつもふたりで』(ともに平凡社)など、共著書に『住み直す』(文藝春秋)『京都を包む紙』(アノニマ・スタジオ)など多数。2012年から2020年まで京都造形芸術大学専任教員。