日頃、授業や講演会などで「デザインとはなにか」などと、話しているわけだが、このときの「デザイン」は、社会における概念として整理している、マクロなデザインだ。ではミクロなデザインとはなにか?というと、たとえば、グラフィックデザイン、プロダクトデザイン……といった、造形の専門性を追求したデザインだといえるだろう。マクロなデザイン(概念)は、近年、ビジネスや行政にも注目され、書籍やセミナーと、学ぶ機会も増えて、市民レベルで浸透してきたと感じる。一方で、ミクロなデザインは、専門家以外の市民レベルでは、まだまだ理解されているとはいえないと実感している。
たとえば、みなさんが仕事でPowerPointのスライド資料を作るとき、スライトの背景ベースにグラデーションの色をつけたり、タイトルを飾り罫で囲ったり、好感度のためにイラストをつけたりされてはいないだろうか。または、出来上がったスライドがあっさりしているように思えて、飾りをつけようと思ったりされていないだろうか。
私は、これらを「日常に埋め込まれているデザインの誤解」と考えている。
「日常に埋め込まれているデザインの誤解」ということでは、もう一つ、こんなエピソードがある。
あるブックレットのデザインを行っていた時のことだ。それはリニューアルを目的とした再編集の仕事で、リニューアル前の紙面は、大きな文字が紙の端までぎっしりと埋め尽くされ、タイトルには四角い囲み、上下左右にインデックス見出しが施され……、と、なかなか混乱した状態だった。
読ませる紙面というのは、本文が自然に目に入り、必要に応じてインデックスを選択できるような、余白と風通しの良い文字の大きさと組み方が必要だ。したがって、リニューアルに際してもその考えを踏襲し、原稿の装飾を一旦すべて削除し、文字の大きさ・太さにルールを設けて、余白を確保してシンプルで簡素な紙面に整えた。
すると、依頼者から言われたのは「デザインはこれからですか?」という問いかけ。驚きつつもあくまでも冷静に(こころがけて)その真意を尋ねると、「タイトルは四角で囲んだり、デザインしてください」ということだった。
「デザインしてください」
この言葉はかなり衝撃的だった。あぁ、ここにも「日常に埋め込まれているデザインの誤解」があるのだ、私が最初にはっきりとリニューアルの方針を示し、その誤解を解いておく必要があったのだ!と大きく反省した。(その後、考え方、(ミクロの)デザインとはなにかについてお話し、理解いただけた)。
造形的な意味でのミクロなデザインとして意識していただきたいのは、作りたい、表現したい要素には、まずは一旦極力削ぎ落とした状態にした上で、何を際立たせるのかを見極めて、緩急を与えていくということだ。本質に関係のない装飾的要素は余計なノイズとなって伝わってしまうことに留意する。それに慣れるまでは、「装飾をしない」「加えるのではなくマイナスしていくデザイン」と、自分に制約を与えることをおすすめしたい。もちろん、すべての装飾を否定するという意味ではない。制約をかけた意識を継続していくことで、やがて「必要な装飾」が何なのかを選択できるようになるだろう。
多くの人たちにデザインを理解していただくことで、社会、世界は少しずつ変わっていけるのではないか、と、大学で社会人の方々に概念をお伝えする仕事を選んだ私だったが、「デザインしてください」の言葉に、ミクロな専門性の観点でのデザインへの理解も説いていく必要を改めて強く感じたのだった。