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アネモメトリ -風の手帖-

空を描く 週変わりコラム、リレーコラム

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#323

大学で実現したいこと
― 早川克美

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 デザイナーとして活動して今年で32年となる。積み重ねた月日の長さに目眩を覚えるが、それはさておき、この月日の中で感じてきたことは、日本にはデザインを理解している層が圧倒的に少ない、ということだ。例えば、クライアント、自治体や民間の大組織に対し、新しい提案をする際に第一声言われるのは「前例がないと承認できません、難しいです」という前例主義だ。新たに生み出される価値への豊かな想像力にもとづいた理解力がなければ、前例のないプランは認めにくいだろう。20数年前に提案し前例主義に阻まれたもので、近年世の中に出てきたものがあったりすると、今さらながら悔しくなる。そして、こうした残念感はなにもクライアントだけに限ったことではない。ユーザーと呼ばれる層についても、デザインを理解していないことで残念なことがいくつもある。とかくなんでもわかりやすく便利が一番と過剰に情報提供を求める。トイレを案内する張り紙だらけの建築空間、使い方を過剰に表記したベンダーマシン。それぞれに作法があり、それを理解しようという美意識が欠如しているのだ。これらはほんの一部だが、こうした事象に出くわす度に、多くの人にデザインを理解する「目」を持ってもらいたい、そう思い続けてきた。

 ではなぜ世の中は、デザインへの理解が乏しいのか?それは「教育」が大きな原因になっていると考えられる。デザイナーを育成・養成する大学はそれなりにある。しかし、芸術に関することを学ぶ大学生は、日本全国の中で3%にすぎず、そのうちデザインを学んでいる学生は全体の1%なのだ。これはデザインを理解している層が少数派であることを示している。そして、デザインを学んでいない圧倒的多数の人は、デザインを発注する側だったり、ユーザーだったりする。このような背景なので、デザインを理解していないことによる問題が起きても不思議ではない。では、そのデザインを見極める、理解するための学びを提供する教育機関はあるのか?と見渡すと、ほとんど存在しない。中学校の美術は週1時間、高校になると選択制となるためさらに接点は少なくなる。そして大学以降では全体の1%となる現状。これでは日本のデザインは育ってはいけない。

 圧倒的多数の人々に、デザイナーを「目指していない」方達にデザインとは何かを伝え、考える体質になってもらえる環境をつくるべきではないか?そんな私個人の問題意識は年々強くなっていった。そんな折に、社会人教育の可能性をひろげる京都造形芸術大学と、縁あって出会うこととなり、2012年、社会人のための芸術教養学科=今の学科の立ち上げに参画した。流行しているデザイン思考を含みながらも、もっと広義なデザインの考え方を伝えていきたいと標榜した。デザインの本質は生活に埋め込まれており、誰もが実践者になりうることを、私の学科の学生の方達に伝えている。

そして、今。

 近年、リーダーシップを育成する動きが近年顕著に見られる。しかしその一方で、そのリーダーの元で、ポジティブに賛同し、協業するための圧倒的多数のフォロワーのための教育は見えてこない。先導者が必要なのと同時に、ポジティブなフォロワーは社会に必要不可欠だ。ポジティブなフォロワーは、新たな価値を拡散し普遍性をもたらすことに貢献するだろう。これをデザインに置き換えると、デザイナーを育成するのと同時に、デザインを理解しデザインをひろげる人たちを育成する必要があると考えている。ポジティブなデザインフォロワーに必要なのは、教養と、教養から育まれた自らのヴィジョンと、得られた知識を知恵として生かす実践力だと思っている。そしてそれは、短期のセミナー等で得られる性急なスキルアップではなく、地道な探求と考察の積み重ねによって体得するものだと思っている。私は世の中のデザイン教養のベースを底上げしたい。ポジティブなフォロワーが増え、その中から本当の意味でのリーダーが生まれるのではないかとも期待する。

 だから、学部(芸術教養学科)の学びをさらに深める大学院を開設しようということになった。

 2020年に開設する大学院は「学際デザイン研究領域」という。100%e-learningの修士課程だ。

https://www.kyoto-art.ac.jp/tg/field/Interdisciplinary-design/

研究者ではなく、生活の中から課題を見つけ、活動する実践者を輩出するための大学院だ。

学際デザイン研究領域では、MFAを修得することができるが、一体何をマスターするのか?それは、自分の取り組むテーマにおいて、「物事の本質をつかみ、それを的確かつ魅力的にするための問いを見つけること」と、それによって、そのテーマの「問題を解決しようと実践したり、実践の支援をすること」のマスター(修得者・駆使できる人)になるということだと考えている。派手なデザイン思考やリーダーシップ教育ではない、自らのヴィジョンを確立できるカリキュラムに仕立てたいと準備を進めている。

 2020年のスタート、初めての取り組みとなるため、私たち教員も緊張感を持って開設準備に取り組んでいる。初年度、進学される一期生は新しい大学院の気風を作る記念すべき存在になることだろう。是非、私たちと新しい世界の担い手になっていただきたい。