(2017.06.11公開)
4月の終わり、ハワイ島ヒロで開催されるメリー・モナーク・フェスティヴァルを観に行った。以前のコラムでも書いたが、これはハワイ文化の復興を目的に毎年復活祭におこなわれるフラ(ダンス)の競技会である。
日系人が多いことで知られるヒロは、ふだんはリゾート客もそれほどいない長閑な町だが、この時期だけは世界中から踊り手と観客が集まり、たいへんな賑わいを見せる。市内のスタジアムで四日にわたって開催され、誰でも参加可能な前夜祭に続き、二日目は女性のみのソロ、三日目はフラ・カヒコ(古典フラ)群舞、最終日はフラ・アウアナ(現代フラ)群舞とカテゴリーに沿って各ハーラウ(フラの学校)が踊りを披露し合う。出場するのはハワイ諸島のいずれかを本拠地に活動する由緒あるハーラウばかりで、その優美にして高度な踊りはフラをかじった者には憧れの的だ。
今回初めての訪問とはいえ、講義で扱っていることもあり、毎年発売されるDVDでその様子はよく知っているつもりでいた。しかしあらゆるライヴ体験がそうであるように、現地に身を置いてみて、やはりこの臨場感は録音・録画では伝わらないということを強く実感した。会場のエディス・カナカオレ・スタジアムは緩やかな半円の屋根を戴いた四角い建物なのだが、前後二方の壁が天井までくり抜かれていて、半ば屋外とも接している。演技が始まる夕方6時頃、舞台の背後はまだ明るく、半円形の空の彼方になだらかなマウナ・ケアが黒く見え、巣に帰る前の鳥の囀りが音楽と混じり合う。何組かの踊りに集中した後、忍び寄った冷気にふと気づくと、舞台の向こうはすでに闇に沈んでおり、鳥の声もいつの間にか止んでいる。
たまたま好天が続いたが、降雨量の多い土地柄、年によっては吹き込む雨に濡れながら鑑賞することもよくあるという。それもまた一興だったろう。たんにライヴの臨場感というより、島そのものを感じられる舞台という気がした。夜が進むにつれ、実力あるハーラウが次々舞台に立ち、会場の熱気はむしろ増してゆく。総合優勝を決める最終日など、深夜の1時過ぎまでこの熱気が続くのだ。
もうひとつ、DVDやインターネット中継では味わえないのが、会場にむせかえる植物の濃い匂いだ。フラの衣装において生の花や葉は重要な位置を占める。また踊り手の入場門や舞台もさまざまな植物で装飾されている。それだけではない。観客たちも思い思いのレイや髪飾りをつけて鑑賞するのが倣いとなっているようだ。フェスティヴァルの期間中、会場の周囲と近隣の建物ではクラフト・マーケットが開かれている。熱帯ならではの色鮮やかで甘い香りの花――プルメリアや蘭――や羊歯などで作ったレイや髪飾りが屋台に並び、その場で飾りつけてもらえる。私は浄化と魔除けの意味合いがあるティーリーフのレイと、野生に近いグリーンの蘭とパラパライを組み合わせた髪飾りを身につけて鑑賞した。パラパライはハワイの島々を舞台としたペレ神話に登場し、ヒロにほど近いプナの海岸でフラを創始したと言われるヒイアカの化身とされる羊歯である。
会場では、こうした生花をあしらい、オリジナリティ溢れるお洒落をした観客を見て歩くのも楽しい。休憩時間に取材を兼ねてカメラを向けると誰もが喜んで応じてくれる。特に高齢男女の出で立ちがすばらしく、話を聞くとたいがいは往年の踊り手との答えが返ってきた。レイは生花の他、貝で作られることもあり、クラフト・マーケットでは珍しい黄色やグリーンの貝を連ねた高価なシェルレイも見かけた。今では使われなくなったが、かつては犬の歯や鯨の歯を連ねたレイも多く使われ、ホノルルのビショップ博物館などで現物を見ることができる。
フラという舞踊には例外なく詩がともなっており、その詩が踊り手の手足の動きで表現される。内容としては、島々の自然を愛でたもの、高貴な人々を讃えるもの、そして火山の女神ペレや妹のヒイアカらの登場する神話に題材を採ったものが多い。ハーラウの師であるクム・フラが彼(女)らの演技をチャントで導き、イプヘケと呼ばれる椰子の実の打楽器、パフと呼ばれる太鼓などでリズムを刻む。踊り手たちもチャントを唱え、時には竹製の打楽器を打ちながら踊る演技もあった。ユニゾンで響くハワイ語のチャントの声や竹の触れ合う音も、生の舞台ならではの迫力だ。観客の反応はつねに温かいが、特に地元のハーラウや、裸の筋肉を誇示するようにして踊るカーネ(男性)の演技に対しては、毎回客席から悲鳴に近い歓声が上がり(特に後者には女性客から)、会場が揺れるようだった。
ヒロ滞在中は、フェスティヴァルの常連、ハーラウ・オ・カムエラの踊り手たちが借り切るホテルに同宿させてもらう機会を得た。夕方からの舞台に向け、若い踊り手たちが年長者から舞台化粧をほどこしてもらい、ティーリーフや羊歯を用いた衣装を順番に着せてもらう姿を、宿の中庭で何度も目の当たりにした。最後にクムが彼女たちの長い髪の長さを鋏で切り揃えるという仕上げの儀式を見たかったのだが、残念ながら見ることができなかった。中心となるのはおそらく十代で、素顔は驚くほど幼いのに、揃って舞台に立つと、長い鍛錬から得た優美さと力強さを存分に発揮するのだから感心する。出場24団体のうち、彼女らのハーラウは総合3位となった。
踊り手たちは舞台の上だけでなく、しばしばヒロ南東の活火山キラウエアの火口に立ち、火山の女神ペレにチャントを捧げる。観光客はあまり立ち寄らない火口近くのポイントには、パンの実などペレへの供物とともに使い終えたレイなどが置かれている。火山の女神に捧げないとしても、身につけたレイはその辺に捨てたり、ハワイの外に持ち出したりしてはいけない。数日間だいじに身につけたティーリーフのレイを、宴の後、私は波打ち際の砂に埋めた。おそらくは海に流れ出し、今頃太平洋のどこかを漂っているだろう。