(2015.08.30公開)
先日、京都市美術館でマグリット展を鑑賞してきた。そこで今回はマグリットとシュルレアリスムについて述べる。
ベルギー出身のルネ・マグリット(Ren? Magritte, 1898-1967)は、日本でもよく知られた20世紀の画家である。現実にはありえないような事象を写実的な技法で表現した作風は見る者を不可思議な世界へと誘う。本展に出品されている《光の帝国Ⅱ》(1950年、ニューヨーク近代美術館蔵)では、闇に包まれた家屋と木立が青空と組み合わされて、幻覚のような光景が視覚化されている。
こうした表現はシュルレアリスム(surr?alisme:フランス語)という言葉が意味するように、現実を超えた現実である。とはいえ、それは、現実からかけ離れている、あるいは現実とは無関係な異界を意味するものではない。現実を通常とは違った切り口で提示する、物事を普通とは異なった文脈に置くことがシュルレアリスムなのだ。
おそらくマグリットやサルバドール・ダリ(Salvador Dali, 1904-89)といったシュルレアリスムの画家が現実世界を再現する写実技法を用いた理由もそのあたりにあると考えられる。美術史において、こうした表現は魔術的レアリスムと呼ばれている。ちなみに《光の帝国Ⅱ》は同種の作品が複数制作され、いずれも好評であった。
マグリットの作品は人気で、我が国の美術館にも多くの絵画が収蔵されている。たとえば宇都宮美術館が所蔵する《大家族》(1963年制作、現在マグリット展に出品中)などがそうである。鉛色の雲が垂れこめた海の上に翼を広げた一羽の鳥のシルエットがかたどられ、そのシルエットの中には青空と雲が描かれている。奇妙ではあるが、オリジナリティーに富んだ構図は美しく、人目を引く優れたポスター広告のようである。実際、マグリットは若い頃にグラフィックデザイナーの仕事に就いていた。この作品は彼の代表作のうちの一つと言えるだろう。
マグリットの絵画の特徴は、そうしたデザイン性だけにあるのではない。《大家族》と並んでおそらくもっとも知られた彼の作品《イメージの裏切り》(1929年制作、ロサンジェルス・カウンティ美術館蔵)で試みられているように、この画家はイメージ・言葉・モノの関係性に注目した作品を次々に発表した。この絵には横から見たパイプが描かれているが、その下に「これはパイプではない」(Ceci n’est pas une pipe.)とフランス語で書かれている。通常であれば「これはパイプ(の絵)である」とすべきだろう。だが、マグリットは、これは実物のパイプではなく、描かれたパイプである、すなわち絵であると述べているのだ。
人を食った冗談のような話である。しかし描かれたイメージが錯覚(イリュージョン)である限り、それは実世界に存在する事象とは異なり、実体がない不確かなものである。おそらく、そこにあえて現実と虚構との複雑な関係を読み取らせる事が制作者の意図の一つなのだろう。こうした実験的な取り組みが《光の帝国Ⅱ》や《大家族》といった後の作品にも活かされる。
今回の大規模な回顧展では、このようなマグリットの画業の軌跡を豊富な作品によって辿ることが可能だ。この《イメージの裏切り》は残念ながら本展には出品されていない。しかし、1952年にアレンジして再制作された同名の作品(チャーリー・エルスコヴィッチ蔵)が展示されている。マグリット展は10月12日(月・祝)まで京都市美術館で開かれている。
画像:京都市美術館 8月23日撮影