(2017.03.19公開)
現在社会における空間は、私的な趣味や個性といった「個」が強調され、公共空間における個人の孤立は、社会との関わりを希薄にさせてきた。私的空間への埋没は、コミュニティの欠損の要因となるのではないか?という危惧もある。その時代ごとのコンテクストで空間の扱いは変化してきている。コミュニティを育む空間を創造するために、いかに人々の暮らしのコンテクストを読み取ればよいのだろうか。
今回は自分がこれまでに影響を受けたクリストファー・アレグザンダーという研究者について紹介したい。
クリストファー・アレグザンダーについて
Christopher Alexander (1936年10月4日〜)はウィーン出身の都市計画家・建築家である。彼はイギリスで育ち、ケンブリッジ大学で数学の修士号と建築学の学士号を取得後、アメリカに渡り、ハーバード大学で建築学の博士号を取得し、現在までカリフォルニア大学バークレー校の教授を務めている。
『NOTES ON THE SYNTHESIS OF FORM,1964』『A city is not a tree, 1965(邦題:都市はツリーではない)』などの著作をつぎつぎに発表し、建築理論家として名をはせる一方、1967年に環境構造センターを設立、数々の建築プロジェクトを手がけた。1977年には、それまでの研究成果をまとめた著書『パタン・ランゲージ』を著し、まったく新たな建築理論を提出、建築パラダイムの再構築をはかった。日本では、その理論を元に、盈進学園東野高校(埼玉県入間市,1984年)が建設されている。
アレグザンダーの理論:パタンランゲージとその時代のコンテクスト
1960年〜70年代、モダニズムの行き詰まりや誤りに遭遇している時に、都市や都市活動の有機性を損なってはいけないという論点において、様々な提案が出てきた。都市計画家・建築家でありM.I.T教授であったケビン・リンチは、「The Image of the City,1960(邦題:都市のイメージ)」において、人間の空間認識において重要な記号を 5 つに分類し、エッジ、ノード、パス、ランドマーク、ディストリクトといった体系にまとめ、イメージアビリティという新しい基準を提案、イメージを与える環境のあるべき姿について示そうとした。この都市デザインを構成する手法は、現在も非常な影響力を持って受け入れられ、今もなおその手法は使われている。
また、現象学的地理学者であるイーフー・トゥアンは、環境と人間との情緒的なつながりを「トポフィリアー場所愛」という概念で提唱し、人間を主体として扱う環境整備の論拠を明示している。
ケビン・リンチの弟子でもあるアレグザンダーは、「A city is not a tree,1965」で「都市は階層的に構成されるツリー構造ではなく、様々な要素が絡み合って生成されるセミラチス構造である」ことを説き、その後のポストモダンの都市論に大きな影響を与えた。そしてこれを受けて1977年にそれまでの研究成果としてまとめた「パタン・ランゲージ」は、複雑系理論による都市計画論を体系化したものである。セミラチス構造であることに基づいて、デザイン手法を、ネットワーク状につなげて総合的なデザインを展開するための手引ともいえるだろう。冒頭章の「町」において、「piecemeal growth:漸進的成長」というキーワードをあげて、漸進的に生成していく都市の構成を前提とした都市計画を提唱している。都市計画の理論体系において、今まで想定されることのなかった「複雑系」を応用したこの論は、都市デザインやまちづくり関係者にとって、意識形成や議論への非常な影響を与えたことは間違いないだろう。
パタン・ランゲージとソフトウエア開発の関係
実はこの本は、ソフトウエア開発者にもバイブルとなっているそうだ。「A city is not a tree,1965」におけるセミラチス構造と共に、『パタン・ランゲージ』の理論が、IT技術者の必須知識である「オブジェクト指向」「ソフトウエア・パターン」という考えの生まれるきっかけとなっていることは大変興味深いものがある。
空間の概念のこれから
リンチ、トゥアン、アレグザンダーが表した空間の概念は今もなお学ぶべき示唆に富んでいる。ネットワークをいかにつなげていくか、人々の意識の連鎖を探ることで、コミュニティを活性化する空間の創出へと進化させていければと考えている。
<参考文献>
クリストファー・アレグザンダー(平田翰那訳)1984『パタン・ランゲージ』鹿島出版会
ケビン・リンチ(丹下健三・富田玲子訳)1968『都市のイメージ』岩波書店
イーフー・トゥアン(山本浩訳)1988『空間の経験―身体から都市へ』筑摩書房
イーフー・トゥアン(小野有五・阿部一訳)1992『トポフィリア』せりか書房