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アネモメトリ -風の手帖-

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#83

桃山陶の美
― 加藤志織

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(2014.10.05公開)

現在、岐阜県の現代陶芸美術館で開催されている「古田織部400年忌—大織部展」を先日見てきた。この展覧会は桃山時代の武将であり茶人であった古田織部(1544-1615)が同時代の文化に及ぼした広範な影響を陶器等の茶道具類を中心に示したもので、三年に一度開かれている国際陶磁器フェスティバル美濃2014にあわせて開催されている。
岐阜県の美濃地方は、隣接する愛知県の瀬戸と同じく、古くから窯業の盛んな地であり、これまでに多種多様な陶磁器を産出してきた。とくに今回の企画展では、古田織部との直接的な関係をこえて、同地でつくられた桃山や江戸初期の名品が多数揃えられている。
見所のひとつは三井記念美術館が所蔵する国宝《志野茶碗 銘 卯花墻》(16-17世紀制作、展示期間9/6‐9/15)である。なにしろ日本で焼かれた茶碗で国宝に指定されているのはこの作品を含めてたった二点しかない。
ちなみにもうひとつは本阿弥光悦(1558-1637)の手になる《白楽茶碗 銘 不二山》(17世紀制作、サンリツ服部美術館所蔵)だ。しかし残念ながらこちらは出品されていない。その代わりに重要文化財《黒楽茶碗 銘 時雨》(17世紀制作、名古屋市博物館所蔵)を見ることができる。
だが、私がもっとも会いたかったのはこれらとは別の作品である。詳しくは後述することにして、本阿弥光悦について述べたい。もともと光悦は刀剣の研磨や鑑定といった仕事を生業とする京都の本阿弥家に生まれるが、家業以外にもさまざまな美術工芸分野でマルチな才能を発揮した人物である。とりわけ書や陶芸そして漆に名品が多い。彼は間違いなく日本芸術史におけるスーパースターであろう。
光悦が焼造した楽茶碗の形や釉薬の色合いなどには、作為と不作為の微妙な按配が見られ、渋くもあり華やかでもあり、まさに洗練された京都の雅な文化を具現化している。一方、《卯花墻》は都から遠く離れた美濃の山間で制作された。百草土と呼ばれる独特の粘土に長石と土灰を主成分にした釉薬をかけた志野焼は、降り積もった雪のような白さにところどころオレンジの火色がさす暖かみのある色で、ロクロを使って成形しているにもかかわらず故意に少し形をイビツにしている点などに、前例のない斬新さが表れ出ている。
おそらく当時の美濃は山深い地ではあっても都と関係があり、陶工にさまざまなアイデアを提供する有能な人物がいたのであろう。その最も有名な人物が古田織部である。美濃焼には志野の他にも織部焼が存在する。古田織部が指導してつくらせたとも言われる織部焼には、わざと器の形を大きく歪めたり、奇抜な文様を描いたりした、独創的な破調の美、いわゆる「ヘウゲモノ」と称される自由で大胆な造形感覚が見られる。
青織部、黒織部、総織部、鳴海織部など、この武将茶人の名を冠した焼物の意匠は今日においてもまったくその輝きを失っていない。履物の沓(くつ)のように茶碗の形を楕円に変形させたことから沓形茶碗と言われる黒織部焼の名品《黒織部茶碗 銘 わらや》(17世紀制作、五島美術館所蔵)を前にすれば、桃山時代の美的センスの高さに魅了されることは間違いない。
「大織部展」には、この他にも美濃の地でつくられた傑作が展示されている。たとえば瀬戸黒と呼ばれる漆黒の茶碗とまるで油揚げのような黄色が美しい黄瀬戸の器だ。両者ともに「瀬戸」という地名が付けられているが、これはまだ研究が進んでいない頃に付けられたもので、実際にはともに美濃で焼かれた。
とくに前者は、別名「引出黒」と呼ばれる。なぜなら、焼成の途中、窯から茶碗を引き出し急速に冷やすことで、深い艶やかな黒色を生じさせるからだ。真っ赤に焼けた状態で水に入れられることもある。
幼い頃に、その様子を見ていたのと、焼き損じた桃山時代の瀬戸黒茶碗(写真)が家にあったために、私にとって瀬戸黒は身近な存在であった。とは言え、志野のような暖かみや柔らかさ、あるいは織部のように奇抜で派手なデザインと言った顕著な特徴が少ない、どちらかと言うと渋くて地味な印象の瀬戸黒茶碗の良さが本当にわかるようになるのは大人になってからであった。
その契機となった茶碗が今回出品されている。それが瀬戸黒の名品《瀬戸黒茶碗 銘 小原女》(16-17世紀制作、プライベートコレクション)である。この茶碗を初めて目にした時の感動は今も鮮明で、今後もその記憶が色あせることはないだろう。これも《卯花墻》のように無名の陶工の手になる茶碗と考えられるが、天才光悦の《時雨》と比べても決して引けを取らない。比較的に底が深くゆったりとした形、なだらかな傾斜がつけられた口縁部、胴体に見られる箆目、釉薬の艶などが、絶妙のバランスでひとつの形にまとめられている。まさに桃山陶の美を象徴する作品である。
同展の会期は10月26日(日)まで。興味のある方はぜひご覧ください。