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#80

センス
― 早川克美

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(2014.09.14公開)

「私って,センスがないから…」という言葉をよく耳にする.センスがないから表現できない,センスがないから理解できない,というものだ.
さて,「センス」とは生まれつきの才能のような強い個人差を持つものなのだろうか?そして,本当に「ある・ない」で表すことができるのだろうか?
「センス」は生まれつきの才能であるとあきらめているみなさんにむけて,今日は「センス」についてのお話をお送りしたい.

大学教員のかたわら,デザイナーである私にとって,「センス」は大変重要な能力だと思っている.しかし,「センス」があるからデザイナーになったのだろうか?私はそうは思わない.誰にとっても,どんな仕事においても「センス」は必要で.身につけていくことのできる力であると思っている.

「センス」とは何なのか?
普段何気なく使っているこの言葉の意味を,まずは辞書から紐解いてみよう.
〜センスとは,物事の微妙な感じや機微を感じとる能力・判断力。感覚.(大辞林第三版).1.物事の感じや味わいを微妙な点まで悟る働き.感覚.また,それが具体的に表現されたもの.2.判断力.思慮.良識.(大辞泉)

なるほど,非常に繊細な感性である.少し抽象的なので,プロフェッショナルな方々の話を引用させていただくこととする.

コシノジュンコが語る仕事
http://www.asakyu.com/column/?id=1067 より,
「センスは四つの意味を含んでいると思います.「感覚的」「経験がある」,それについての「知識を持っている」.そして瞬時にどうすべきかの「状況判断が出来る」.経験があることは特に大切で,子どもの時の無邪気な体験はもちろん,見知らぬ土地へ行った,美しい物を見た,何かを壊した,手痛い失敗をしたというようなさまざまな体験の貯金があること.そしてその体験を知識で定着させることですね.」

コシノさんの話からは,今まで積み重ねた経験と訓練によって状況判断が出来,全てがかみ合った時,「センスがいいね」という状況が生まれるということがみえてくる.

次に,Jazzドラマーの奥平真吾さんのお話.
https://twitter.com/okudairashingo
「ボクの言う「センス」とは「選択」と言い換えられるかもしれません.AもBもCも出来る.これは技術.でもBを選ぶ,これが選択(センス)です.「センス」の場合「向上」というより「確立」或いは「構築」といった言葉の方が相応しいかもしれません.技術の裏づけがあってセンスが確立できる.…さらに加えるなら,技術には,テクニカルな面とエモーショナルな面があり,後者は生き方が反映される,と思う.」

奥平さんは9歳で頭角を現し「天才ドラマー」の名をほしいままにした人だ.
その彼が「センスとは技術と心(感受性)の裏づけがあって確立できる」と話している.センスを,決して生まれついての才能だと考えず,プロとして活躍する今もなお,悩み考えつづけていることがこの言葉からわかる.

他にも多くの方が「センス」について語っているが,この二人の言葉にこめられた意味と同じことを伝えている.つまり,経験に基づく知識を持ち,状況判断が出来て,それを表現する心と技をもっていること.そう,「センス」とは,見た目を取り繕うことではなく,心と技を努力し続けて生きていくことで獲得できる人間の総合力のようなものではないだろうか?

どんな人にも毎日の生活の中で,気づきや失敗や感動や悲嘆があるだろう.そうした心の揺れをそのまま流さないで留め置くこと,そしてそれがなぜ起きたのかを考え,その時の自分に足りない要素を補い,経験として自身に刻むこと.この学びのくりかえしが「センス」を育んでいくのと考える.だから当然「センス」には正解はない.毎日の学びによって,その人それぞれの生き方が反映された個性が,それぞれの「センス」をかたちづくっていくのだと思う.決して,特別な人だけのものではないのである.(しいて言えば,特別な人とは,その毎日の学びをあきらめずにくりかえし続けた人への称号なのかもしれない.)

「センス」とは人間の総合力である~
「センス」とは生まれつき持った才能ではなく,誰でも取り入れることの可能な,日常で育まれる力なのだ.こう考えると遠い存在だった「センス」が,毎日の発見の中で,こつこつと磨いていく力としてとらえていけるのではないだろうか?

誰にでも何歳になっても可能性はある…私はそう思っている.