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#187

トイレにおける論争
― 早川克美

トイレにおける論争

(2016.10.30公開)

ピクトグラム(絵文字)とは、一目見ればその意味がわかる視覚言語だ。私たちの身の回りで普及し、誰もが知っているものとしては「トイレの男女マーク」がある。このマークが世の中に登場したのは1964年の東京オリンピックの時、さらに一般の人たちの目にふれられるようになったのは1970年の日本万国博覧会(大阪万博)の頃からで、以来、公共交通機関などに積極的に取り入れられるようになっていった。

現在のトイレマークは、日本では、男性用が黒・青・水色、女性用が赤・ピンクで描かれているものが多い。これも、登場当初は黒一色だった。海外に目を向けると、必ずしも日本と同じ色の組み合わせではないようだ。日本では、長年、子どものランドセルの色に、男子は黒、女子は赤を使用したり、年末の紅白歌合戦の男女別の色分けといい、性別と色のイメージが定着しているから、トイレマークの色別は国民性が表れているということもできるだろう。また、国内で、男性用を赤、女性用を青にした実験を行ったら、多くの人が間違えたという結果もある。私たち日本人の無意識に定着している色なのかもしれない。
近年では、ジェンダーフリー(男女の性差による差別をなくす取り組み)の観点から男女を黒などの同色にするケースも見られてきているが、未だに反対する声も大きい。

そんなトイレに関する問題がアメリカで議論を巻き起こしている。

「公立学校でトランスジェンダー(心と体の性の不一致)の生徒が自認する性に応じたトイレを使用できる」という指針を示したアメリカ連邦政府に対し、テキサス州のケン・パクストン司法長官(共和党)など11州は5月25日、指針の無効を求める訴訟を起こした
この問題は、ノースカロライナ州シャーロット市が制定した「心の性に合わせたトイレを使うべき」という条例に、パット・マクローリー州知事(共和党)が反発し、「生まれた時の体の性に合わせたトイレや更衣室を使うべき」という州法を3月に成立させたことに始まる。ノースカロライナ州の混乱を受け、オバマ政権は公立の学校や大学に、「既存の公民権法を遵守し、トランスジェンダーの生徒が自らが認識する性別のトイレを使用できるようにしなければならない」という指針を発表した。連邦政府と同州は5月9日、互いを提訴している。連邦政府は州法を「差別的だ」と主張して無効確認を求めたのに対し、同州は「常識的なプライバシー保護に基づいた政策」と主張して、州法の有効確認を求めている。
「いかなる生徒も学校や大学の構内で、自分は歓迎されていないと感じる経験をもつべきではない」と、ジョン・キング・ジュニア教育長官は述べており、バラク・オバマ大統領も同月、「あらゆる人が公平に取り扱われることを保証するための、社会としての私たちの義務の一部である」と述べている。
http://www.huffingtonpost.com/entry/texas-sues-transgender-bathroom_us_5745d1c8e4b055bb1170d809

トイレのマークの対応は、実利面だけでなく、姿勢を示すシンボルとしても重要な意味を持っていると考えられる。現に、ニューヨークでは、一人用のトイレは極力「ジェンダーニュートラル」にするよう行政からの指導があるとのこと。このような問題に対し、ピクトグラムにもそれを配慮する表示が現れたりしている。

トイレにおける論争1

トイレにおける論争2
2020年にオリンピックを控えている東京・日本では、この議論は小さい。今もなお繰り広げられている、黒か赤かの議論は、島国ならではの呑気さともいえる。多目的トイレにしても、義務的に設置されている例がほとんどである。グローバル化が進む中で、このトイレ問題はいずれ対岸の火事ではすまなくなるのではないか。

その時、ピクトグラムのデザインが、ジェンダーニュートラルな社会を優しく表現する存在であったらうれしい。