(2014.05.18公開)
芸術はこれまでに戦争を題材にした数多くの作品を制作してきた。それはしばしば戦勝を記念するためのモニュメントであったり、政治的なプロパガンダであったり、人間の残忍さや愚かさの告発であったりした。
現在の日本において芸術は、おおむね平和に資する方向で用いられることが一般的であるが、古代ローマ時代に建造された凱旋門などに見られるように、戦勝を祝い武勲を称えるような作品も少なくない。また、たとえば第二次世界大戦時のナチスドイツのように、戦時のプロパガンダにおいて芸術を積極的に利用した例もある。
近代以前の作品であれば、たとえ戦争を肯定し一部美化するような側面が見られたとしても、芸術的な価値が高ければ、それが美術館や博物館の展示から外されることはない。しかし、まださほど時間が経過していない現代の作品の場合には、さまざまな政治的な事情がからみあい、作品を公にすることが難しいこともある。第二次世界大戦中の我が国の「戦争画」も、こうした理由でこれまで公開に制限が設けられてきた。
その一方で戦争の悲惨さを訴える作品はどうであろうか?一般的にはそうした作品の公開が制限されるようなことはない。だが、刺激が強すぎるなどの理由で展示が規制されることはあり得よう。いずれにせよ政治的な意思の介入をそこから完全に排除することは難しい。
とは言え、美術館には、戦争の非人道性を扱った多くの作品が展示されている。たとえばパブロ・ピカソが、母国スペインの内戦時にドイツ軍から空爆されて甚大な被害を受けたバスク州の都市ゲルニカの惨状を描いた同名の作品(1937年)はとくに知られた存在である。
あるいは18世紀の後半から19世紀の初頭にかけて活動した同じくスペインの画家ゴヤが、隣国フランスから侵攻を受けた祖国の状況を65枚の銅版画にまとめた版画集『戦争の惨禍』(1810~14年)も有名である。そこにちりばめられているのは、ゴヤの冷徹な目が見た戦時における人間の狂気や蛮行である。
実はこの『戦争の惨禍』を先取りするかのような作品がそれよりも約180年前に存在する。制作したのはフランスのナンシーで生まれたジャック・カロ(Jacques Callot:1592-1635)、ちょうど当時の芸術がマニエリスムからバロックへと移行する17世紀初頭に、奇妙な構想をリアルで精緻な描写によって表現した銅版画家である。
カロは、まずロレーヌ地方のナンシーで金細工師に弟子入りし、その後ローマに移り住んで最新の版画技術を習得した。さらにイタリアのフィレンツェで大公コジモ二世(在位1609~21)に仕えて帰郷し、同地でも宰相のリシュリューといった有力者から仕事を得て活躍した。
早世ではあったが膨大な数の作品を遺しており、とくにコメディ・デラルテと呼ばれる、奇抜な仮面を被って演じる即興喜劇から想を得た作品や、怪物が登場する聖アントニウスの誘惑を主題とした作品が有名であるが、最晩年に制作された「戦争の悲惨」と題された連作版画もよく知られている。
版画集『戦争の悲惨』に含まれる作品18枚は、戦時の惨状や愚行を絵画化した傑作である。ここでご紹介する作品《絞首刑》に描かれている「奇妙な果実」は、戦時に略奪をおこない絞首刑に処された者たちとされる。
現在、東京の上野にある国立西洋美術館でジャック・カロ(Jacques Callot:1592-1635)の展覧会「ジャック・カロ―リアリズムと奇想の劇場」が開催されている。興味のある方は是非ご覧ください。