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アネモメトリ -風の手帖-

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#171

スズメと話したい
― 川合健太

スズメと話したい

(2016.07.10公開)

神宮外苑の絵画館の前に生えている白松の脇にあるベンチに座って昼ごはんを食べていたら、一羽のスズメが近づいて来て、可愛らしいので地面に米粒を撒いてやったら、一羽、二羽、三羽と増えてきて、みるみるうちに20羽くらいに取り囲まれた。そしたら、最初の一羽が地面から離れ、私の横に座った。いや、座ったと書くと語弊がある。私の横に並んだ。その唐突で積極的な距離の縮め方に狼狽し、こうなるともう落ち着いて食事などできなくなり、まるでスズメに集団で恐喝されているような気もして、途端に可愛くなくなって手を払ったら、隣のスズメと地面の20羽は一斉に飛び立って、あっという間に白松の中に身を隠した。そしてチュンチュン鳴いているかと思ったら、少しの間をおいて今度は白松から一斉に飛び立った。その瞬間、私の太ももにスズメの糞が命中した。

明治神宮の花菖蒲園まで俳句を詠みに行った帰り道、同行のOさんが連日の行事で疲れ気味なので、少し体を休めるために、参道脇にある茶店でソフトクリームを食べることにした。蒸し蒸しと暑い日だったので、冷たいソフトクリームを気持ち良く食べていたら、どこからともなく一羽のスズメが現れた。ちょうどコーンをパリパリ食べるあたりに差し掛かろうとしたところだったので、「よく見ていますね」と感心しながら、コーンの屑をこぼさないように食べ終えたら、Oさんはコーンを残していた。われわれと付かず離れずの距離を保ってあたりをウロウロしていたスズメは、Oさんがコーンを残したこともちゃっかりわかっているようで、コーンがいつその手を離れるか虎視眈眈とねらっている。こうなったら根くらべで、こっちはコーンのトンガリにスズメが頭を突っ込んで食べる様子を想像し、その姿がたまらなく見たくなって、テーブルの上に小さな屑を散らしてコーンを置いてみた。でも、後ろの席に座っていた外国人観光客がもっと大きなパン屑をふるまいはじめたら、あっけなくそちらに飛んで行ってしまった。

梅雨空の重たい雲が立ち込める日の午後、表参道の家具店に勤めるN先生から電話がかかってきた。空模様とは対照的に、電話口の向こうからはスズメと思しき元気な声が聞こえてくる。話を聞くと、先生は休憩中に仕事場から外に出て電話をくれていて、「周りには確かにスズメがいます」と笑っている。先生が何かを言うたびにスズメがチュンチュン鳴いていて(「チュンチュン」と表現するしか手立てがないのはいささか不甲斐ない)、不覚にも先生の声よりスズメの声ばかりが気になった。その夜、近所の中華料理屋のカウンターで新聞を開いたら、『声ノマ 全身詩人、吉増剛造展』の記事が目に留り、それを読み終えるとどういうわけか、「電話をかけたらスズメがでて、声を聞かせてくれる」そういったサービスはないものかなと真剣に考えた。あのとき、電話口の向こうのスズメは楽しい話をしていたに違いない。