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アネモメトリ -風の手帖-

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#161

春の忘れ物
― 川合健太

春の忘れ物

(2016.05.01公開)

 何か書くことはないかなと思いながら家を出て、駅に向かって歩いていたら、思いのほか早くに見つかった。家の近所、小さな児童公園に咲いた桜の花びらがヒラヒラ舞い降りている歩道に、意外なものが落ちていた。それが上の写真である。歩道には「耳かき」が落ちていた。いつも下を向いて歩くクセなのか、これまでも路上に落ちている物にはいろいろ出会ってきたつもりだが、耳かきは初めてだった。そういえば前日にテレビを見ていたら、だれかのブログの記事が紹介されていて、耳かきの耳を掻くのと反対側についているフワフワの綿毛のような部分は「梵天(ぼんてん)」と呼ぶのだと書かれていて、なるほどあのようなものにもそんな格調高い響きの名が与えられていたのかといたく感じ入ったところだった。でも、今じぶんの目の前にある耳かきの梵天は、路上に落ちた桜蕊やいろんなゴミを絡めとっていて、何だかいたたまれない気持ちにさせられる。ひとまず、この出来事をきっかけにすれば何か書けるような気がしたので、写真を何枚か撮って、耳かきには手を触れずそのままにしておいた。
それから数日しても耳かきは同じ場所にあって、こちらもいっこうに筆が進まず、耳かきがなくなるのが先か、原稿を書くのが先かを競い合っていたら、いよいよこちらの締切りのほうが近づいてきたので、頭を抱え込んで、試しに国立国会図書館の「レファレンス協同データベース」で「耳かき」と検索してみた。すると、「(1)耳かきの歴史、起源について、また(2)耳垢の区別(湿型、乾型)に人種等で違いがあるか知りたい。」という何とも奇特な質問に、都立中央図書館の回答が提供されていた。どうしてこの質問がなされたのかは知る由もないが、これは渡りに船とばかりに、資料で紹介されていた『耳かきこしょこしょ:明日から耳そーじが楽しくなる本』(上野玲著、双葉社刊、1999年)を読んでみたくなり、早速、都立中央図書館に赴いた。(都立中央図書館は東京メトロ広尾駅から徒歩10分ほどの有栖川宮記念公園内にあって、個人への館外貸出サービスはありませんが、国内の公立図書館では最大級の約192万冊を所蔵していて、閲覧やコピーなどのサービスを受けることができます。平日は夜9時まで開館しているので便利です。)館内の端末で蔵書検索をかけて、閉架書庫から目的の本を取り出してもらい、閲覧室で読み始めたら面白く、20分もしないうちにあっけなく読み終えてしまった。「最古の耳かきは簪(かんざし)の一部だった」とか、「耳かき職人は高給取り」とか、それこそ耳を傾けたくなる話が書かれているのだが、詳しい内容は実際に読んでいただくとして、ここでは、あとがきに書かれていたひと言だけ紹介しておきたい。西洋では耳垢(注:耳かきではない)のことを「天使の忘れ物」というのだそうである。
さて、今日の帰り道、歩道の耳かきはもうなくなっているだろうか。

耳掻けばうかうか春の忘れ物 牛蒡