2022年度がスタートした。
学部や大学院の他、このところ本学の公開講座である藝術学舎の講座開発に勤しんでいる。新型コロナウイルスの感染拡大で、大学での学び方も大きく変化した。大学教育2.0のように、オンライン授業の開発が進められている。
ただ闇雲にオンラインを進める訳ではなく、芸術大学ならではのオンラインでの学修効果がある講座、対面だからこそ理解できる講座を精査したい。
そうした中で対面講座を開いているのが「表具文化のいろはの「い」」である。履修証明プログラムの「伝統文化スチュワードシップ」に該当する講座である。表具師の稲﨑昌仁先生とともに開講している。
表具文化については、〔空を描く293〕の「裏打ち」や、〔空を描く165〕「神は細部に宿る」でも紹介した。
改めて表具について説明すると、書跡や絵画などを保存・鑑賞するため裂地や和紙を用いて補い様々な形式に仕立てる技術であり、その技術を持つ職人を表具師若しくは経師という。我々が博物館や美術館で目にする東洋芸術や日本美術の多くはこの表具の技術によって維持されているといっても過言ではない。優れた作品を後世に遺す技術が表具である。
表具師は書跡や絵画だけに関わる訳ではなく、日本家屋の室礼にも大きく関わる。衝立、襖など、伝統的な日本家屋と切っても切れない関係といえよう。
一般的には江戸表具・金沢表具・京表具というのが三大表具と呼ばれ、東京・金沢・京都という古都においてその技術が維持されている。代表的なものといわれているのが「京表具」であり、経済産業省が定める伝統的工芸品にも指定されている。
では東京はどうなのか。稲﨑先生と仕事をともにする機会があり、謦咳に接して東京の表具文化に興味を持った私は昨年度から文献の調査を始めた。
しかし、東京の表具文化は文字史料が少ないのだ。それは何故か。
職人の技術継承は抑も「目で盗む」ことが求められており、テクニカルなことが技術書として遺されることは少ない。しかし東京についてはそれだけではなく、最たる原因は、関東大震災と第二次世界大戦中の東京大空襲によって、東京の街の多くが焼失し、表具屋・経師屋も同様に影響を受けた。その家で継承されていた史料(技術書というよりは、その家の歴史など)は灰燼と化し、技術の継承を裏打ちする「歴史性」が掘り下げられないのだ。
そこで昨年度から稲﨑先生にお願いして、東京の表具について古くからある表具屋やその職人さんたちに聞き取り調査を行う機会を得た。併せて歴史を探るべく、校務の手隙時間を見つけては近世史料を捲る日々である。
そうした成果の一部を「表具文化のいろはの「い」」で紹介しつつ、稲﨑先生からは実際の技術を体験するということで、和本造りを行っている。
私の講義はともかく、技術は平面の画面越しに見るよりも対面だからこそ理解しうる。刷毛の持ち方・さばき方、力の入れ方などは対面で立体的に見て、更には体験することが大切だろう。文字史料にはなかなか遺らない技術だからこそ、日本文化を知りたいと思う方々に経験して欲しい。
こうした伝統的技術を維持・継承していくにはどうすれば良いか。人材育成の有り方や、技術維持・向上、販路拡大など様々な視点があると思う。今回の藝術学舎の講座のように職人ではない一般の人々が体験し理解を深めることは、技術の維持に役立つと思っている。
更にいえば前述した通り「博物館や美術館で目にする東洋芸術や日本美術の多くはこの表具の技術によって維持されている」ことを考えると、技術を継承し向上に努めるためには人材育成が何よりも欠かせない。
稲﨑先生が関わっている江戸表具研究会「表粋会」では、東京の表具師の有志が集まり、技術の維持・向上がはかられているという。そうした中で東京都の芸術系大学の学生とコラボする取り組みが行われている。学生が描いた絵画を表具師が掛軸に仕立てて展示・販売するという作品展『掛軸と絵画の未来展』である。
表具師からすれば、既存の枠に留まらない新しい作品を仕立てる機会となり、若き作家である学生にとっては表具文化を知る機会となる。
素晴らしいこの取り組みが今年度は横浜市の三渓園で催される予定という。
三渓園といえば、近代の実業家原三渓によって1906年に造園された庭園である。原三渓は三渓園の門札に「遊覧御随意」と掲げ、コレクションを自身や政財界のコレクターの仲間だけが鑑賞するものではなく一般公開を行った。芸術・文化に対する想いや、公共的な貢献は今回の表具文化を維持・継承しようという取り組みにも通じる。こうした活動が更に発展していくことを願ってやまない。
なお、作品展の詳細情報については「表粋会」のサイト(https://hyousuikai.org/)をご覧下さい。