どこのまちをあるいていても、タイルを使った建物を見かける。その味わいや美しさに魅せられ、タイルをめぐるまちあるきなども目立ってきている。昨今、タイルを愛でる気運はより高まっているのではないだろうか。
日本におけるタイルは、そのルーツに寺院の塼(せん)や町家のなまこ壁などがあるが、本格的な使用は明治期に洋風建築が建てられるようになってからと言われている。1871年には大阪で現存する最古の洋風建築である泉布観にレンガが使われるが、1923年の関東大震災以降鉄筋コンクリート造の建物が一般的となり、その外壁を装飾するためにタイルを用いるのが流行となったのは昭和初期のことだ。
明治後期に産業化された日本でのタイル製造。戦後、住宅環境の変化が内外装へのタイル需要をもたらした。高度経済成長期にはマンション建設ブームを背景に外装材としてのタイルが多く使用されるようになる。しかしながらその後の新建材の台頭によって国産タイル市場は段々と縮小し、現在産業としては厳しい状況が続いている。
壁紙や塗装された木材などとは異なる、釉薬によってツヤの出された陶製の素材が生み出すのは、清潔感でありときには艶やかさだ。もちろん釉薬をかけない素朴な無釉タイルもある。一枚のタイルに柄が浮き彫りにされたマジョリカタイルもあれば、50平方センチメートル以下の細かいモザイクタイルもあり、それらを組み合わせることで図像を描いたり柄をつくったり他の素材では生み出せない表情が生まれる。その種類とパターンはあまりにも膨大で枚挙にいとまがない。タイルを見てあるく楽しみはそんなところにもあるのだろう。
ただ、そんなタイルはもちろん「カワイイ」「キレイ」という印象だけではなく、まちのなかで、さまざまなひとたちによって、住まわれ使われてきたものだ。近代以降、多くの建物に使われてきたタイルというひとつの素材を手がかりに、まちに息づく多様な風景を探ることができるだろう。
今回のアネモメトリでは、タイルを特集していく。全国どこでも見られるタイルではあるが、とりわけ京阪神においてはタイルが活かされた魅力的な建物が多い。その背景には、戦前に存在した京都内での製陶所の存在や、瀬戸や常滑、そして多治見といった有力産地との距離感や流通ルートも関係しただろう。生産地としての地方と、流通・消費地としての都市部は、産業において表裏一体の関係と言える。
そこで前編の今号では、タイルが活かされている京阪神の3都市で5つの建物を紹介していく。これら5つの建物は、元々の用途も、現在の使われ方も、運営主体も異なるが、とあるひとつの製陶所によるタイルが使われている共通点がある。おなじ製陶所のタイルが使われた建物に注目していくことで、それぞれの建物とひととまちとの歩みを見比べるような視点が提供できれば幸いだ。
ただタイルや建築物を紹介するだけでなく、今この時代にタイルが使われている戦前の建物に住まい、使うひとたちがどのような思いで維持管理し、ともに歩んで来たか、ひととまちと建物との関わり方、継承のしかたの「多様性」に目を向けていこう。