アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#65

3つの異なる場所で、新しいヴィジョンを持ち続ける
― 香美佐知子

(2018.04.05公開)

高松市美術館

世界的な彫刻家、流政之さんの作品を管理運営する、公益財団法人流財団。そこで代表理事に就いているのが香美佐知子さんだ。香美さんは流財団の代表理事をしながら、活躍する女性のためのアパレルブランドや、英語で行うアフタースクールも立ち上げ、代表を務めている。まだ40代前半という年齢で、分野の異なる3つの組織を動かす香美さんのバイタリティはどこからくるのだろうか。また手掛ける事業を決める指針とはどういったものだろうか。これまでの道のりとともにうかがった。

———流政之さんのもとで働くようになったのはなぜですか?

流のところで働きはじめたのは、2003年のことです。当時わたしが通っていた華道の師匠のところに、ナガレスタジオのスタッフが訪ねてきました。そのスタッフにナガレスタジオを案内してもらい、流に出会いました。これが流のもとで働くようになったきっかけです。
流の作品は子どものころから目にしていました。実家から歩いてすぐのところにある高松市立美術館に《ナガレバチ》という三味線のバチのかたちをした黒ミカゲ石の作品が設置されています。高さ4メートルを越える巨大彫刻で、みるたびにその迫力に圧倒されていました。
香川を拠点としている流本人についても、見かけた方々から、精悍な顔立ちと、かつて零戦パイロットだった本人を容易にイメージさせる颯爽と歩く姿が、周囲の雰囲気から一線を画していたと聞いていました。

流政之作《ナガレバチ》。高松市立美術館 のエントランスホールに展示。

流政之作《ナガレバチ》。高松市立美術館 のエントランスホールに展示

———実際に本人と会い、ナガレスタジオを訪れてどう思いましたか?

流は孤高で一匹狼の作家というイメージそのままのです。庵治町の岬の東海岸にあるナガレスタジオは流の作品の制作拠点であり、自宅も兼ねています。全面レンガ造りで、展示室や庭に作品が展示してあり、日本の建築物とは思えないような雰囲気。山を背中に、瀬戸内海の景色、建築、彫刻が融合とはこういうものだと感じました。中に入るとプライベートスペースも含めて、流は靴を履いたままのスタイルで暮らしています。サムライアーティストと呼ばれた流が、日本的な暮らし方ではなく、アメリカでのスタイルをリスペクトし、暮らしに取り入れているようなところも魅力に感じました。

ナガレスタジオ建物

ナガレスタジオ建物2

香川県高松市庵治町の東海岸に位置するナガレスタジオ。

香川県高松市庵治町の東海岸に位置するナガレスタジオ

———ナガレスタジオではじめて関わったのは、どんな仕事ですか?

わたしが流と初めて会った2003年、北海道立近代美術館で開催する大型の展覧会「NANMOSA 流政之展」の企画が進められていました。流は美術館の展示室に作品を並べることを好まず、それまで美術館で展覧会を開催したことはほとんどありませんでした。
ただ、流は北海道が好きで、設置した作品も多数。北海道の関係者や美術館からの頼みということで開催を引き受けたです。そこで、図録に掲載する年譜の整理などをわたしが手伝うことになりました。
その展覧会は、スタジオでも前例がないほどの規模で、香川から80点を超える石の彫刻に加え、制作にインスピレーションを与える私物のコレクションなどを送り出しました。出品作品のリストをつくったり、膨大な資料の中から図録にのせる写真を探し、選定したり。搬出の段階になると巨大な作品のサイズの測定を手伝い、目方を算出することもありました。
その後は、ギャラリーなどの展覧会の企画段階から関わり出品作品を決め、搬入搬出の打合せから、カタログ編集、作品を全国パブリックスペース企業などに設置する際の打ち合わせや、作業の立ち合いも行っていました
お客様をご案内することも重要な役割のひとつ。ナガレスタジオは山の中にあるので、お客さまを迎える前に作品を磨いたり、落ち葉の掃除をするなど、芸術の現場での業務は幅広いのです

———2009年には公益財団法人流財団が設立されていますね。

作品の保管展示、国内外に流の活動や作品の魅力を発信することを目的とし2009年に公益財団法人流財団が設立されましたただ単に設立されたわけではなく、流の作品やスタジオは日本の財産だということで、県内の経営者や有力者が中心になり、設立準備委員会を立ち上げました。その後、香川県で第一号の公益財団法人の認定をいただいて設立し、現在は代表理事をしています。
将来的に流の作品を常時公開する構想があります。そのために、わたしは学芸員の資格を京都造形芸術大学の通信教育部で取得しました。財団が公益の認定を得た年のことです。必要に迫られて入学しましたが、芸術を学び、実務に役立つ知識も多く得ることができました。
例えば授業である美術館を訪れたとき、改築工事の際に所蔵作品を売却したという話を聞きました。作品を保存する使命を持つ美術館がそれを売却するという発想は、わたしにはありませんでした。一部の作品を手放してでも、設備を充実させ多くのひとにみてもらうことが、結果的に永続的に作品を守っていくことにつながることを知りました。

AROMAS

———また、2015年にファッションブランド・AROMASを立ち上げられています。立ち上げの経緯を教えてください。

ナガレスタジオでは、デスクワークだけではなく、業務の内容は多岐に渡ります。だからといって楽で動きやすい服ばかりを着るわけにもいきません。
例えば飛行機で移動し到着してすぐに、お客さまとお会いすることもあります。朝はスタジオで清掃をしますが、午後は来客をご案内します。美術館や現場へ出向く際は、作業が多いことも珍しくありません。フォーマルな場面にも対応し、シンプルで着回しができ、エレガントかつ着心地のよい服。そんな理想的な服を探していましたが、みつけることはなかなかできません。10年近く服に困っている状態が続き、わたしの他にもきっと理想の服を探している女性がいるはずだと思うようになりました。それなら自分でつくってしまおうと考えて立ち上げたのがAROMASです。

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———理想の服をつくるためには、特に何が大事なのでしょうか?

AROMASで重視するのは生地の選定です。服をつくることは料理に似ていると思っています。どれだけ手間暇をかけて調理をしても、素材自体がよくなければ本当においしいものはできません。素材がよければ、シンプルな調理方法で充分おいしくなります。服も着心地の良し悪しは、生地で決まると考えています
生地選びは、生地屋さんへ直接足を運び、サンプルを吟味しながら毎シーズン入念に選定を行っています。そして、デザインは生地の素材感を生かすことを心がけています。わたしのデザインをパタンナーたちと相談し、まずはサンプルを制作します。わたしが思い描いた通りのものをかたちにしてくれる仲間に恵まれているからこそ、理想のものは出来上がっていくのです。仲間たちの存在はありがたく、本当に感謝しています
販売はオンラインショップがメインですが、東京のプレスルーム、高松のオフィスで年に2度開催する展示会で注文を受けています。作り手のわたしたちが、お客さまと顔を合わせて販売する機会はとても重要。コンセプト通りに服ができているのか、AROMASの特徴がきちんと伝わっているのか、着心地などをお客さまから直接聞くことができるのです喜んで手にとってくださることが、服をつくり続けるモチベーションになっています。

AROMASの展示会。

手触りを確かめながら生地の選定をする香美さん。

手触りを確かめながら生地の選定をする香美さん

———2017年の10月には、香美さんが代表となり、子どものための英語のアフタースクール、NESTON Kids After Schoolを開校されています。これにはどういう経緯があったのでしょうか?

わたしはアメリカの大学に入学するために、日本の教育で英語を学んできたのですが、高校で勉強した英語はほとんど役に立たず、渡米直後はコミュニケーションをとるのにずいぶん苦労しました。自分が思っていることを対話の中できちんと相手に伝えるためには、英語を生活の習慣にすることが一番の近道であると感じました。学ぶというより慣れることができる、英語が自然に飛び交う環境が必要です。
ですが香川には、そういった場所がほとんどありません地方であるということも理由で、子どものための英語教育の場が、東京や関西に比べて不足しているのです自分の経験を生かし、「英語を学ぶ」のではなく、「英語で学ぶ」という考えでNESTONを開校することになったのです。

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NESTON Kids After Schoolの多様なカリキュラムで学ぶ子どもたち。

NESTON Kids After Schoolの多様なカリキュラムで学ぶ子どもたち

———どんなコンセプトのスクールなのでしょうか?

まず、スクールの名「NESTON」はNew Stage Visionという3つの単語を組み合わせた造語です。グローバルな思考で新しいステージへのヴィジョンを持って、挑戦してもらいたい、という想いでNESTONと名付けました。
NESTONでは、英語を母国語とするネイティブの講師と、緊急時等にも対応できるよう、日本語と英語のバイリンガル講師がいます。スクールに登校するとコミュニケーションは休憩時間も含め、全て英語だけ。アートや建築、サイエンス、世界の文化、体育など、子どもたちは、我々独自の10のカリキュラムを、すべて英語で体験していきます。ただ単に、コミュニケーション能力を習得することだけでなく、日本の習慣や風土も同時に学ぶことができるようプログラムを設計しています。
ある機関の調査によると、日本人は歳を取ることに不安を感じているそうです。わたしが大学時代に暮らしていたアメリカで、そんな印象は受けません。ホストファミリーの親戚が定年退職したとき、盛大にパーティーを開きました。日本で定年退職というと寂しい感じがしますが、アメリカでは正反対。これから新しいステージへ移って新しい環境、自分の時間を謳歌できるという喜びがあるのです。
歳を取るのが怖いというのは、自分を取り巻く環境が変わる時のヴィジョンの欠落だと感じています。新しく自分を待つステージで、一体何をしたいのか、何に挑戦していきたいのか、ヴィジョンを持って、次のステージに踏み出していくことが幸せに生きることにつながるはずです。NESTONで学ぶ子どもたちには、様々なカリキュラムから得た経験から、グローバルな思考で多様なステージへ挑戦していく子どもたちになってもらいたいと願っています。

———3つの異なる分野で、責任のあるお仕事をこなすのは簡単なことではないと思います。そのモチベーションはどこからくるのでしょうか?

新しいステージで挑戦することが、誰かの役に立つという、こんなに楽しくパワーが出ることはほかにありません。
流財団での仕事では、流の作品や活動を保存し国内外に発信していくことで、多くの人に感動を与え、香川の文化レベルの向上に貢献できていると感じています。
AROMASは、アクティブで様々なステージで活躍する女性に着てもらいたいと願ってつくっています。実際に服を着ていただいたお客さまから声を聞くと、服をつくって本当によかったと感じる瞬間がたくさんあります。NESTONを立ち上げた経緯も、先ほどお話した通りです。
まったく異なる分野にも思えますが、わたしが貢献できる場所が、ここにはいくつもあります。いずれも貢献度が高く、夢のある役目。その実感がわたし自身を突き動かすモチベーションになっています。

インタビュー・文 大迫知信
2018.03.02 スカイプにてインタビュー

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香美佐知子(かがみ・さちこ)

1976年、香川県生まれ。大学時代をアメリカ、コロラド州で過ごし、帰国。外資系銀行に就職。2002年、世界的彫刻家、流政之のスタジオで展覧会企画等を担当。公益財団法人流財団が設立され、ディレクターとして活躍。2011年京都造形芸術大学通信教育部芸術学科芸術学コース卒業、学芸員の資格を取得し財団キュレーターを兼務。2014年、同財団の代表理事に就任。同年、アパレルの企画・デザイン・販売のAROMASを設立。2017年には、子どもに英語で学ぶ環境をと、NESTONキッズアフタースクールを開校し代表を務めている。


大迫知信(おおさこ・とものぶ)

大阪工業大学大学院電気電子工学専攻を修了し沖縄電力に勤務。その後、京都造形芸術大学文芸表現学科を卒業。大阪在住のフリーランスライターとなる。国内外で取材を行い、経済誌『Forbes JAPAN』や教育専門誌などで記事を執筆。自身の祖母がつくる料理とエピソードを綴るウェブサイト『おばあめし』を日々更新中(https://obaameshi.com/)。2018年度より京都造形芸術大学非常勤講師。