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アネモメトリ -風の手帖-

風を知るひと 自分の仕事は自分でつくる。日本全国に見る情熱ある開拓者を探して。

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#63

失われた技法を研究し、沖縄の伝統を伝えていく
― 又吉光邦

(2018.02.05公開)

沖縄の伝統的な衣装を研究する又吉光邦さん。沖縄の紅型(びんがた)をアレンジした、独自のデザインの衣装も手機で織ってつくり上げた。染織の研究者であり、作り手でもある又吉さんは、コンピュータ・サイエンスの研究者としても沖縄国際大学で教鞭をとっている。もともとは、コンピュータ・サイエンスのほうが専門という。それがなぜ、沖縄の衣装を研究するようになり、さらに自らつくるようにもなったのだろうか。これまでの道のりと、沖縄の衣装に対する思いを伺った。

———又吉さんはコンピュータ・サイエンスの研究もされています。なぜ、沖縄の伝統衣装を研究するようになったのですか?

名桜大学の教員をしていたとき、沖縄の民具研究の第一人者、上江洲均先生の学外講座のお手伝いをしたことがありました。そのころ僕が研究していたのはコンピュータ・サイエンス(進化計算)の分野だけで、沖縄の文化に特に興味があったわけではないんです。
それがたまたま、同じ大学の上江洲先生からお誘いを受けて、講座に同行させていただきました。その講座は、沖縄本島の北西にある伊平屋島を歩きながら沖縄の歴史や文化について解説するものでした。伊平屋島は、琉球王朝に関する歴史的な場所がいくつも残っています。
僕は上江洲先生の話を聞きながら、「沖縄で生まれ育っていながら、沖縄のことをほとんど何も知らなかった」ということに気がついて、沖縄の文化や伝統に興味を持つようになりました。その後、平成12年ごろから、紅型などの衣装の研究をはじめました。

琉球王朝時代の古文書には「紅型」の文字は無く、「形付」と記されている。文中では一般的に知られている「紅型」と表記。

———沖縄の伝統的なものの中で、なぜ紅型に興味を持ったのでしょうか?

紅型を見ているときに、「なぜ、これほど美しくみえるのだろう」と疑問に思ったのがきっかけです。紅型は鮮やかな色彩も特徴的ですが、かたちも和服とはちがって独特です。例えば貴族が着ていた紅型の袖は、振袖ほど長くはなく、かといって短くもない中途半端な長さです。なぜその長さでつくっているのか、文献をいくら調べてもわかりませんでした。

クライス・ジオメトリーの図(黄金比)に、重ね合わせた王家の紅型衣装の図。両者が見事に一致した。

クライス・ジオメトリーの図(円の10等分割:黄金比を内包)に、重ね合わせた王家の紅型衣装の図。両者が見事に一致した。

———その答えを又吉さんが発見したそうですね。

頭を悩ませているときに、ある書籍の中で「クライス・ジオメトリー」という、美しく見えるかたちを示す黄金比の図を見つけました。それが直感的に、紅型衣装が当てはまるように見えたんですね。「これだ」と思って、CGで紅型を重ねてみると想像した通り、ぴったりと合いました。独特な袖の長さにも理由があったわけです。
それを書籍で発表し、今では、紅型衣装のかたちは「クライス・ジオメトリー」の黄金比ににあてはめてつくられることもあるようです。
紅型のかたち以外にも沖縄の伝統的な衣装は、わからないことがまだまだあります。沖縄本島だけではなく離島にも足を運び、古い衣装を調査するという研究を続けています。

———2015年には、研究の傍ら、京都造形芸術大学の通信制の大学院に入学し、衣装も制作されています。なぜ衣装を研究するだけではなくて、実際につくってみようと思ったのですか。

衣装の研究をする過程で知った、さまざまな技法を使って自分でも衣装をつくってみたいと思うようになりました。それに古い衣装は、見ているだけではわからないことがたくさんあります。実物は残っているのに、どうやってつくったのか記録が残っていないことも珍しくないんです。自分でつくってみることで、今後の研究にも活かせる結果が得られるかもしれないと思いました。

又吉さんが京都造形芸術大学大学院で制作した衣装《紗と縞の窓から見る南島の風景》。写真左と中央の作品は染色によって模様を描いた。右の作品は多種類の繊組の糸を用いて、紗織と独自の緯絣の技法を用いて織り上げた。また緯錦技法で花々をイメージしたミンサー帯をあわせて制作。

又吉さんが京都造形芸術大学大学院で制作した衣装《紗と縞の窓から見る南島の風景》。写真左と中央の作品は染色によって模様を描いた。右の作品は多種類の繊組の糸を用いて、紗織と独自の緯絣(よこがすり)の技法を用いて織り上げた。また緯錦(ぬきにしき)技法で花々をイメージしたミンサー帯をあわせて制作。

左の衣装の帯。腰端織りと経浮き織り。沖縄の海を表現。

左の衣装の帯。腰端織りと経浮き織り。沖縄の海を表現。

写真中央の衣装の帯・襟・袖口。経緯浮き織り(帯の中央部分は紗織り)。すべて天然染料により染色。

中央の衣装の帯・襟・袖口。経緯浮き織り(中央部分は紗織り)。すべて天然染料により染色。

右の衣装の帯。緯錦織り。花壇を表現。

右の衣装の帯。緯錦織り。花壇を表現。

石垣島の芭蕉布(端布)。

石垣島の芭蕉布(端布)。

緯糸:芭蕉、経糸:苧麻2

キャプション:石垣島の芭蕉布の拡大図。緯糸に芭蕉、経糸に苧麻(上)、木綿(下)が見られる。

石垣島の芭蕉布の拡大図。緯糸(ぬきいと)に芭蕉、経糸(たていと)に苧麻(上)、木綿(下)が見られる。

———そうした思いを抱いて、在学中に3点の作品《紗と縞の窓から見る南島の風景》を制作されたんですね。

作品には僕が研究してきたことや、京都造形芸術大学で学んだ技法を盛り込んでいます。そのために、いくつか技術的な課題を自分に課して制作しました。
そのひとつが、経糸にも緯糸にも複数種類の糸を使って布を織るということです。石垣島の古布に、3種類の糸を使って織ったものがあるんです。一見、普通の布なんですが、拡大してみると、違う種類の糸があることに気がつきました。織物は1種類の糸で織ることがほとんどです。複数の種類の糸を使ってどうやって織ったのだろうと思いました。ところが、織りかたについての記録が残っていないんです。実物は残っているのに、つくりかたがわからないんですね。
複数の糸を使った衣装の制作を、自分の手で挑戦してみたかったんです。写真の左と中央の作品は、織ったのは帯と襟のみですが、右端の作品は全て手織りで制作しています。1枚の布に、野蚕という野外で放し飼いにされている蚕の糸や、麻糸や木綿糸など、9種類の糸を使っています。なんとなくできるだろうと、はじめは軽い気持ちで挑んだのですが、想像した以上に大変でした(笑)。

作品に使用した9種類の糸。

作品に使用した9種類の糸。

制作中1

又吉さんの自宅で作品を織っている様子。織り機から出た糸は重りであるペットボトルにつながっている。

又吉さんの自宅で作品を織っている様子。織り機から出た糸は重りであるペットボトルにつながっている。

製作途中の作品。中央の緑と黄色は紗織り。

制作途中の作品。中央の緑と黄色は紗織りで、がじゅまるをイメージ。

———特にどんなところが難しかったですか?

糸は種類ごとに、引っ張られたときの縮みかたが違うんです。1種類の糸で織る場合は、糸をローラーに巻いて、そこから糸を引き出しながら織っていきます。9種類の糸となると、それぞれ縮みかたに差があるので、あるものは途中で切れてしまう一方、別のものはゆるんでしまって、まともに織ることができませんでした。
手探りでうまくいく方法を見つけるしかありませんでした。とにかく種類の異なる糸の張り具合を合わせなければいけません。すべての糸をローラーから外して、種類をそろえた糸の束の先に、重りを取りつけました。その重りというのは、水を入れたペットボトルです。水の量を調節できるので、どの糸もほどよく引っ張られた状態をつくることができました。そしてようやく、織ることができたんです。
昔のひとたちは、糸の先に大量の重りをぶら下げる、こんな面倒な織りかたはしなかったでしょう。手先のテクニックか、途中で微妙に調整を加えるかして織っていたと思うんです。その技術はすでに失われてしまっています。僕は今の沖縄で、1種類の糸で織っている織り手しか知りません。かつての織りのテクニックが、どれだけ高度なものだったのか、実際につくってみて実感しました。

作品の縦縞で表現した自宅の窓。

作品の縦縞で表現した自宅の窓。

入道雲

入道雲と海を表現した絵図式の絣技法。

入道雲と海を表現した絵図式の絣技法。

———作品全体のテーマを教えてください。

「わたしが感じる沖縄らしさのある染織品の創作」がテーマでした。具体的に言うと、亜熱帯の気候に合った風通しのよいもので、強い色彩を持ち、僕のふだんの生活の中でみることのできる自然が表現されている衣装です。
9種類の糸で織った作品には、カラフルな縦縞の模様があります。この縦縞は、斜めに糸を入れる紗織りを織り交ぜ、自宅の窓から見える青い空と白い大小の雲、遠くに見える海、そして花々という、僕が沖縄らしいと感じる景色を表現しています。
白地の部分には模様が浮き上がる緯絣(よこがすり)技法で入道雲と海、帯は西陣織で使われる錦織り技法で、色とりどりの花々を市松模様で表しました。

———衣装のかたちはどうやって決めたのでしょうか?

衣装のかたちはとても単純なんですよ。基本的にはバスタオルを大きくしたような長方形の布1枚でできています。その中央に首を出す穴を開け、腰を細帯で締め、左右の開いた部分を縫い合わせているだけです。
このかたちは、カンボジアで見つけた衣装を参考にしています。見た目がかわいくて、構造は簡単、風通しもよくて機能的です。沖縄をイメージした僕の作品にもぴったりだと思って取り入れました。
沖縄にはエイサーという、お盆の時期に太鼓を鳴らして踊る伝統的な行事があるんですが、その踊り手が羽織っている衣装も似たような構造をしています。最近訪れた台湾でも、同じようなかたちの民族衣装があることを知りました。沖縄から南の温かい地域特有の衣装の流れがあるのではないでしょうか。
作品は沖縄の伝統的な紅型をアレンジしていますが、今でも着られることを意識してデザインしました。展示した作品を見たひとから、売ってほしいという声もあって、現代でも通用するような衣装・文様になったと感じています。

———コンピュータ・サイエンスの研究と、衣装を織ることは、かなりかけ離れたことだと思うのですが、両方をやってみてどんなことを感じましたか?

パソコンを使って研究しているときと、手機で織物をしているときの感覚はまったく違いますね。それぞれ脳の別の部分が活動しているように感じます。例えば、パソコンでプログラミングをしたあとに織りをすると、頭の中がかゆいような、くすぐったいような変な感覚があります。なかなか伝えようがないですが(笑)。脳の活動が移行するときに違和感があるのかもしれません。
進化計算についての研究をしているときは、クッキーとかコーラとか、甘いものが欲しくなります。ものを考えているので、脳がエネルギーを要求するのでしょう。それに対して、織物をしている最中は、頭の中が無に近い状態です。何も考えず、ただ淡々と織っている感じですね。
僕は織りをするときには、1時間くらいかけてコーヒーを飲み、気持ちを落ち着かせてから取り掛かります。感情の起伏があると、織り目にむらが出てしまいます。織りをやっているほかの方たちも、日によって織り目が違うとおっしゃいます。そのときどきの感情が微妙に影響するんですね。

———今後の目標を教えてください。

今は八重山地方の染織物の調査に力を入れています。最近、調べたものの中に、初めてみる顔料が用いられている神職の衣装などもあって、とても新鮮な刺激を受けています。その中でも石垣島での調査結果は、近日中、書籍にまとめて出版する予定です。
複数種類の糸で織った衣装のように、古い衣装の現物は残っていても、そこに用いられた技法が伝わっていないことは珍しくありません。研究結果をまとめた書籍を参考に、僕の他にも衣装を復元するひとが現れてほしいと思います。そして伝統的な衣装が、古くて新しい観光資源として位置づけられるようになればうれしいですね。そのための活動を続けていきます。もちろん、進化計算の研究も継続的にやって、今年に続き、国際会議で発表できるように頑張りたいと思います。

インタビュー・文 大迫知信
2017.12.21 電話にてインタビュー
プロフィール

又吉光邦(またよし・みつくに)

沖縄国際大学産業情報学科教授。沖縄で生まれ育ち、琉球大学大学院博士課程修了。名桜大学にてコンピュータ・サイエンスの分野で教鞭を執る。その後、沖縄国際大学に移り、「組み合わせ最適化理論」を研究する傍ら、2000年から紅型などの沖縄の伝統衣装の研究をはじめる。15年には京都造形芸術大学大学院通信教育部染織コースで、染織の技術を学び、紅型をアレンジした独自の衣装の制作を行う。共著に『紅型に秘された祈り~今、明かされる紅型の秘密~』などがある。沖縄本島や八重山地方などでの調査で、伝統衣装に関する新たな発見を続けている。石垣島での調査結果をまとめた書籍を刊行予定。研究を通じ、沖縄の伝統衣装を「古くて新しい観光資源」として広めるために活動を続ける。


大迫知信(おおさこ・とものぶ)

大阪工業大学大学院電気電子工学専攻を修了し、沖縄電力に勤務。その後、京都造形芸術大学文芸表現学科を卒業。反捕鯨団体への突撃取材や、震災直後の熊本、海外などで取材を行い、ルポを執筆。経済誌・教育専門誌などへの寄稿・取材記事も多数。自身の祖母のつくる料理とエピソードを綴るウェブサイト「おばあめし」を日々更新中。https://obaameshi.com/