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#249

トシドンの夜
― 大辻都

トシドンの夜

(2018.01.07公開)

2018年の元旦は東シナ海に浮かぶ下甑島で迎えた。毎年大晦日の晩、この島の各集落では「トシドン」と呼ばれる祭礼がおこなわれている。ユネスコの無形文化遺産でありながら門外不出のこの祭礼に立ち会わせてもらうのが旅の目的だった。
トシドンとは異形の来訪神で、年ごとの大晦日(旧12月29日)になると首切れ馬を曳き、島の集落にやって来る。その際、山や岩の上に降り立つとも、荒海を越え海から上がってくるとも伝えられるが、いずれにしろつねにどこかの場所から島の子どもの様子を見張っているとされ、年の終わりに子どものいる家を訪ねて叱咤激励し、自分でついた餅をあたえて去ってゆく存在だ。じっさいの儀礼では、尖った鼻をもった鬼の形相の面をかぶり、シュロやソテツの衣を纏った集落の青年らが幼い子どものいる家庭を回っては、子どもたちをその異形の姿で威しつつ諭し、最後にその背中に歳餅を乗せてやる。歳餅とはお年玉(年魂)の原型であり、これを食べることでひとつ歳をとると考えられた。
儀礼に立ち会わせてもらった青瀬地区は、島内でももっとも美しい浜辺を持つ集落である。月を除けばまったく明かりのない海沿いの道を、袴に蓑と面をつけた者たちが太鼓と拍子木を打ちながら物々しく進んでいく。突如ひとりが乱暴に家屋の戸袋を叩き、その家の団欒は一瞬で打ち破られる。学齢期になるやならずの子どもたちは恐ろしい来客を前に神妙に縮こまり、促されて蚊の鳴くような声で歌い、生活態度にまつわるさまざまなことを約束させられる。震え上がって泣き出してしまう子もいるが、トシドンの側に容赦はない。
この概要から有名な秋田のナマハゲの祭りを思い出す人も多いだろう。確かに年の変わり目に恐ろしい鬼が子どもに説教をするという点ではよく似た儀礼である。ナマハゲ以外にも、山形のアマハゲ、能登のアマメハギ、薩摩硫黄島のメンドン、悪石島のボゼなど、来訪神の祭りは日本各地に存在するようだ。これらの祭りが共通要素を持つ理由を北前船の航路と結びつける見方もある。また甑島のトシドンの儀礼がいつ始まったのか明らかでないが、その面にもともと角がないことから仏教伝来以前にまで遡るとの説もある。
だが他地域との影響関係とはまったく別に、トシドンの儀礼にはこの土地にかつて「現実に起きた」とされる伝説も融合しているという話があって、これには大変惹きつけられた。
現実に起きたこととは、一説ではこのような事件である。
明治期以前のいつかの話。甑島のサエが松と呼ばれる松の木の下に屋敷があり、サヘエとサデエという名の親子が住んでいた。その家には、年の瀬29日になると変わったどてらを着た大男がどこからとも知れずやってきては居座り、もてなしを強要する。毎年のことに溜まりかねたサデエは庄屋の主人に相談し、集落ぐるみで退治しようと計画した。
その年も大男はやってきた。いつものように爐に居座り飲み食いしているその時に、ひとりの老婆がわざと煮立った湯を爐にぶちまける。大男が灰で目をやられたのを見計らい、士族の役人がすかさず刀で男を斬り殺した。
大男は死んだが、その家の主人は盲目になり、他にも不幸が重なり家は没落してしまった。
トシドンという儀礼の原点にあるこれらの伝説を巡っては、宗教学者・中沢新一が80年代後半に書いた論文「斬り殺された異人」に詳しく、そこでは大男が山ではなく海から来たなどいくつかのヴァリアント(異文)も紹介されている。この論考のなかで中沢は、ある共同体における伝承が儀礼になるメカニズムや伝承と儀礼相互の関係について、他にあまり類を見ないトシドンの事例を取り上げ、野心的な考察をひろげている。
トシドンの固有性は、この儀礼がことばによる物語構造の一部をなしている点だと中沢は考える。
「この九州の村でとりわけきわだっていることは、この儀礼行事を一貫した整合性をもつフォークロアでおおいつくし、組織だった一篇の物語(レシ)と化している点にある。つまり儀礼的なオブジェとして視覚化・聴覚化されるトシドンを、ふたたび言語による想像力の手にゆだねて、神秘めいた物語構造のなかに変換して、子供にとってはこの村の全体が物語の想像力的な舞台であるような場につくり変えてしまう」
中沢によれば、儀礼の背後に物語が控えることで、儀礼に立ち会う者にとっては、じっさい事件の現場に他ならない自分の周囲がその時物語の舞台そのものと化す。そのように伝承と儀礼が一体化しているのがトシドンということになる。
「行事は物語的構造とそれによって意味作用を強化する儀礼のオブジェとの複合体を、もしこういってよければ神話と儀礼の複合体をつくりあげることになるのである。そしてこの子供相手の『つくり話』こそ、共同体の人びとの心に深く沈潜し、さまざまな伝承的イメージをその周囲にひき寄せ、それに変形をほどこしていくような一つの核となっている」
トシドンを神話=言語と儀礼の複合体と見る中沢新一の論考は知的な刺激をあたえてくれたが、じっさいに立ち会ったかぎり、トシドンの背後にあるそのような物語が人々に意識されている様子はなかった。中沢が紹介したこの伝承に関して私自身が興味をもったのは、外から来る他所者への恐怖と排除に端を発しながら、その他所者を来訪神に転化し、畏れつつ待ち望む存在として共有する人々の論理だ。そこには鬼の側、人々の側双方の鷹揚さが感じられる。
トシドンの起源がどこにあるのか、儀礼全体を包み込むような物語が存在するのかは結局不明なままだ。しかし少なくとも子どもたちが一瞬にしてトシドンという来訪神のいる世界を生きてしまっているのは確かなようだ。部外者の私がそこに入り込める余地はないが、年の終わりの一夜をともにしながら、荒々しい異形の神を目の前に怖さ以上に居心地悪さにとらわれつつ、同時にあかるい励ましをも受け取ったのだった。