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#225

篠を槌つ
― 野村朋弘

篠を槌つ

(2017.07.23公開)

史料を捲っていると、様々な語彙に出会う。
同じ言葉一つとっても時代によって意味が異なる場合があるので、史料を読む際に国語辞典や漢和辞典は必須である。
特に研究で口に糊する身として、論文をはじめとする様々な文章を書くことはある種の日常行為である。一つ一つの言葉を大切にすべしと、自らを戒める。
さて、話をもとに戻そう。史料を捲る、つまりは読む際に様々な語彙に出会う。そこで未知の語彙や言い回しに出会うことも多い。

大学院生の頃から友人の比企貴之とともに『氏経卿神事記』の講読を続け、校訂作業をして現在、刊行している。氏経とは伊勢神宮の内宮の祠官だった荒木田氏経という人物のことで、室町時代から戦国時代にかけて内宮の一禰宜(いちのねぎ)。神宮の禰宜職は十人おり、一禰宜はトップを勤め、遷宮に尽力した。

時は応仁2年(1468)、京都では合戦が行われていた。世に謂う「応仁の乱」である。そのため朝廷からの幣使は発遣されていないものの、伊勢では粛々と神事が行われている様子が、日々、記されている。
5月14日は「御神田」の神事が行われたものの、あいにくの雨であった。
その中に「今日不謂甚雨、篠ヲ槌ニ誇之間」という記述がある。「甚雨」とは激しい雨、今でいえば土砂降りのことを指す。
該当箇所を読み下せば、「甚雨と謂わず、篠を槌に誇るの間」となる。
甚雨ではなく、更に激しい雨のことを指して「篠を槌に誇る」というのだろうか。寡聞にして未見の言い回しであった。比企さんからは、氏経の日記には同じ表現がまだあると教示を得た。確かに同年の6月16日条にも「今日雨篠を槌」とある。

激しい雨を指す言葉で、同じく「篠」を使ったものに「篠突」がある。「篠を束ねてつきおろしたように細かいものが一面に続けてはげしく飛んでくる。多く、はげしく雨のふるさまをいう」(『日本国語大辞典』)。ただ、この『日本国語大辞典』にある「篠突」の用例は明治6年(1873)である。では「突」以外ではどうかと思えば、南北朝の騒乱を描いた『太平記』の巻第三「赤坂城軍事」に「降る雨更に篠を衝が如し」とあった。
これは「篠竹を突き立てたように、大粒の雨が激しく降るさま」という(『岩波書店 日本古典文学大系』)。「突く」と「衝く」とで些か意趣が異なるものの、激しい雨の表現として、「篠をつく」という表現は中世から現われているようだ。

翻って考えてみると、日本において雨の表現語彙はとても豊富である。
旧暦五月の長雨を示す五月雨。梅の熟す時期の梅雨。9・10月くらいに降る長雨の秋雨・秋霖。冬の凍雨。
更に降り方の語彙としては、豪雨の他、驟雨、糸雨、群雨、霖雨、霧雨、時雨、微雨など、枚挙に暇が無い。また激しい雨を指す言葉として「篠突く」「篠突」の他、『平家物語』では「降る雨車軸の如し」などもある。

氏経の日記に登場した「篠を槌」に話を戻そう。実際に篠を槌で叩いてみると、どのような音が鳴るのか。荒亭の裏山に登り篠を切り、実際に稲槌で叩いてみた。
確かに大きな音はするものの、雨の音という感覚でもない。
槌、槌、槌、、、
こうした時には、発想の転換が必要である。
「槌」には読みとして、名詞としての「つち」、そして動詞としての「う-つ」がある。
ついつい、名詞の「つち」にこだわっていたが、では「槌つ」ではどうか。
篠を槌つ。

逆さにした篠に槌を打ちつけて、地面に落ちてくる様をイメージすればよいだろう。これは「篠突」く雨に近いといえよう。
「篠突く雨」「篠衝く雨」と類似する表現として、中世の伊勢では激しい雨のことを「篠を槌つ」と呼んでいたのだ。
雨の表現方法は多様であり、日本各地で様々な表現が為されていたことだろう。甚雨より更に激しい雨をどう言い表していたか。現在の辞典に収められていない語彙がまだまだあるのは当然である。

ともあれ、応仁2年5月14日条の「今日不謂甚雨、篠ヲ槌ニ誇之間」とは、「今日は甚雨と謂わず、篠を槌(う)つに誇るの間」と読むべきであろう。
語彙や言い回しの一つをとっても踈かにせず真摯に史料にあたること。それが該当する時代像を描くのに必要不可欠な努力である。
また、こうした新たな言葉と出会い、解釈を考えるのも史料の海に沈み黙考する愉しみの一つである。