(2019.12.05公開)
気がついたら何年も持ち続けているもの。 それもマグカップやシャープペンシルといった実用的なものではなく、所有している本人以外にとっ ては何の意味も持たないものであるほど不思議である。浜辺で拾った貝殻を持ち帰ったことのある人は多いと思う。自分も経験があるし、いまでもいくつか持っている。しかし貝殻は物としての美しさが十分すぎるほどあるから、ちょっとずるさもある。 そういうわかりやすい魅力を持たない、ぎりぎりのところでゴミ箱行きを免れているようなものが、時々しれっと生活の一部に入り込んでいることがある。あまりにも馴染んでいるのでしばらく気づかないのだけど、ふとなにかの拍子に気づいたとき、途端にピカピカと輝き出すのである。 「えっ、いつからそこにいたの?」とこちらは動揺するのだけど、そのものは何も言わずにピカピカしているだけなので、こちらで出会いを辿ってみたりする。
もう何年も前から家の鍵、実家の鍵、スーツケースの鍵をひとつに束ねている、幅2mmくらいの細いゴムひもがある。白い糸に細い赤い糸が織り込まれているのが可愛らしいと思っていたけれど、あらためて見るとしっかり使用感が出ていて全体的に薄汚い。ゴムも完全に伸びきってしまっているので正確に言うと「元」ゴムひもなのだけど、ひもとしては丈夫で、結び目さえ固く結べばボールチェーンの金具よりも外れる心配がないので使い続けている。 このゴムひも、もともとは駅弁の包みにくっついていたものだった。その駅弁をいつどこで食べたのか、随分と前のことなので記憶が曖昧で、新幹線の車内のような気もするし、自宅のような気もする。旅先で買った駅弁を帰宅してから食べたのだろうか。もしかしてデパートの駅弁フェアで買ったのだろうか(それはちょっと味気ないなあ)。新幹線の自由席に座って、テーブルの上で駅弁の包みを開けている記憶もぼんやりとあるけれど、それがこのゴムひもがかかった駅弁だったのかは思い出せない。いずれにせよ、包みを外そうとそのゴムひもに指をかけたときになんとなく気に入ったことだけは確かである。取っておこうかなと。
思い返せば子どもの頃からそういうことを繰り返していた。プレゼントをもらうことがあると、包装紙に貼り付けられた小さな造花の飾りをシールの粘着が残らないよう剥がし、リボンは丁寧に折りたたんで片結びして取っておく。包装に使われている飾りの持つ特別感と手のひらに収まるサイズ感はちょっとした愛着を湧かせ、小さな所有欲を掻き立たせるのだ。
しかし気まぐれで集めただけなので、しばらくしたら捨てるか、もしくはリビングにある電話台の、小銭や印鑑、「電気ご使用量のお知らせ」などが雑多に入った引き出しに放り込んでいた。 ちまちましたものをつい集めてしまう癖。それは大人になったいまも続いていて、最近も海外の瓶ビールの蓋を捨てずになんとなく取っておいたのだけど、5つくらい集めたところで興味が失せて捨ててしまった。
ゴムひもに話を戻すと、うっかりなくしてはいけないからひとまず手首に通したと思う。そのまま家に持ち帰って、ペン立てに入っている使用頻度の少ないペンに引っ掛けておく。しばらく放置していたけれど、ある日それまで鍵を束ねていたキーホルダーのボールチェーンの金具が外れ、机の上で取り付けようとしたら、ふとペンにかかったゴムひもに気付く。鍵を束ねるのにちょうど良さそう。そう思い立ってボールチェーンを外し、鍵にゴムひもを結びつけた。本来の用途とは違う用途にピタリとはまるのは嬉しい。ゴムひもも思いもしていなかっただろう。それから何度かの引っ越しで鍵を付け替える度に、ゴムひもを切って結び直していたので、いまでは指がぎりぎり3本通るくらいの長さになってしまった。そろそろ替え時かもしれない。しかし、もしなにか心惹かれる他のひもやらキーホルダーが手に入ったとしたら、自分はすんなりと付け替えることができるのだろうか。ただの駅弁のゴムひもを延命させすぎたのかもしれない。随分と長いあいだ持ち続けてしまったために妙な重みを感じてしまう。そう簡単に捨てはさせまいと声が聞こえてくるようだ。そんなことを今年の夏、引っ越し先の新居の鍵にゴムひもを結びつけながら考えていた。
それからしばらく経って、つい数日前のこと。近所の物産館に行ったら売り場の隅に置いてあるガチャガチャがふと目に入る。NASA監修の月や宇宙飛行士の形をしたキーホルダーが当たるらしい。その中にサターンVロケットもあり、これがガチャガチャのわりには精巧に作り込まれてい て、2つに分かれたバーツを組み合わせると長さ10cmにもなる。かっこいい。ほしい。鍵に付けたい。しかしくじ運が全くない人間なので、これもどうせ当たらないだろうと思いつつ500円を入れて回してみたら、当たってしまったのだ。サターンVのキーホルダーが。
さて、どうしよう。
寺本愛(てらもと・あい)
アーティスト・イラストレーター。1990年東京生まれ。2012年武蔵野美術大学卒業。近代化して いく社会の中で今なお残り続ける固有の地域・服飾文化に着目し作品を制作。取材を通じて得たイメージにフィクションを織り交ぜながら昇華させることで、人々の生活に通底する普遍性を描く。 個展や芸術祭での作品発表を続けながら、様々な媒体へのアートワーク提供やイラストレーショ ン・漫画等、クライアントワークも手がける。第9回グラフィック「1_WALL」グランプリ。第31回「ザ・チョイス」年度賞大賞。