アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

このページをシェア Twitter facebook
#75

マーカーとノート
― 下平晃道

(2019.03.05公開)

「レモンカラーノート」と名前をつけたノートに、マーカーを使って模様を描く。私の一日は、毎朝この作業から始まります。この時に使っている油性のマーカーとノートは、私の制作活動になくてはならないものです。
この「レモンカラーノート」は、簡単に言うと配色パターンをメモしたノートです。5年ほど前、最初のページに一つの模様を描いたことから始まりました。当初は、自分の持っているコピックというマーカーの色を把握することが目的で、描く模様にも、選択する色にも特別な意図はなく、単純な「色の記録」として、その時に思いついた模様を描くようにしていました。
ところが、続けて描くうちに独自のルールが生まれました。そのルールというのは、(1- 数ある色の中から4色だけを選択して描くこと。2- 色を重ねた部分/重ねていない部分を作ること。3- 前の模様を元にして、次には少しだけ変化させた模様を描くこと)です。模様の中にトーンと明度の高低差をつくることで目が錯覚をおこし、4つの色がそれぞれを引き立たせ、まるで発光しているような配色を見つけられることがあります。
また、ノートをめくり、日毎に描かれた模様を連続して見ると、パラパラ漫画のようにゆっくりと形が変形していくので、そのことによって、積み重ねた時間を意識できるようになっています。
このルールが加わってからは「配色と模様の生成プロセスを記録すること」が、このノートの目的になりました。


ところで、私はイラストレーションの仕事をしていて、このマーカーをかれこれ20年以上愛用しています。年月を経る間に色数が少しずつ増え、いつのまにか200本以上もの色数になっていました。補充インクのボトルも同じ数だけ揃っているので、私の部屋の一画は、まるで小さな画材店のようです。
そもそも、こうして長い間、同じ画材を使い続けていられる理由には、コピックの色数が非常に豊富なこと、どの色も発色が良いこと、マーカーのキャップに色が付けられているため、直感的に使いたい色を選べること、マーカーにインクを補充できるということ、等があって、要するに使い勝手が良いのです。
私以外のイラストレーターや、マンガ家の方々にも広く利用されているので、この商品がこれからも在り続けてくれそうだというのも、安心して使うことのできるポイントの一つです。
また、私は、色と色とが接したり、混ざった時に生まれる、油性インク特有の滲み、ぼかし、色が濃くなって自然に生まれる境界線、そういった現象に強く惹かれていて、画作りの時にも、その特性を強く意識しています。私の絵が持つムードのようなものも、コピックのインクを使っているからこそ、生まれたものだと思います。
一方、ノート。こちらはロールバンというメーカーのものですが、同じく20年以上愛用しています。こちらは「レモンカラーノート」の他にも、アイデアを記したり、まとめたりする用途に使っていますが、表紙の色のバリエーションが豊富なので、色でノートの区別をつけやすく、デザインがシンプルで邪魔になりません。紙はメモ用のペンのインクが裏うつりしない程度の厚みがあり、しなやかです。私が使っているのは、格子状にラインが入ったもので、ラインの補助があるおかげで、即座に図を描く時に便利です。
つまり、このどちらも、私にとってちょうど良く、逆にこれらの道具の方に、私が馴染んだと言うこともできます。
長く使い続けられる道具は、デザインにしろ、機能にしろ、この「ちょうど良さ」を持っています。ちなみに、私は何かを気に入ると、何年も同じものを使い続ける質で、コピックや、ロールバンの他にも、気がつけばずっと使い続けているものがいくつかあります。道具以外でも、外食する時に、同じ店に行って同じものばかり食べてしまうので、「よく飽きないね」と言われますが、「好きなんだからしょうがない」と思うのです。ちょうど良いという気持ちと、好きという気持ちは、とても近い関係なのかもしれません。
さて、最初の「レモンカラーノート」へと、話を戻します。
毎日、ノートに模様を描いていると、自分のことを「模様を自動生成する装置」のように感じてしまうことがあります。私の意志で描いているのに、別の何かに描かされているような気持ちになるのですが、それは不思議と心地良い体験です。
最近は個展の時、作品と一緒に、この「レモンカラーノート」を展示しています。SNSなどでも、ノートが人の目に触れる機会が増えてきたのですが、この色や模様を見ていると、昔のことを思い出すと言う人や、懐かしい気持ちになると言ってくれる人がいました。そういう言葉は、私にとって大きな刺激になります。
色や模様の魅力は何でしょう。私には、それが記憶のどこかに触れるスイッチのように感じられ、興味の尽きない対象になっています。

shimodaira01

shimodaira02


下平晃道(しもだいら・あきのり)(Murgraph)

日本をベースに活動するイラストレーターであり美術作家。ガーゼやトレーシングペーパーのような半透明な素材を用いて、「色」と「模様」をテーマにしたユニークな動物や図形を描いている。また、Murgraph名義ではイラストレーターとして、書籍装画、広告、テキスタイル、ファッション、プロダクトなど、多くの仕事に携わっている他、『よめる よめる もじの えほん』『わかる わかる じかんの えほん』(あかね書房)という絵本の絵を担当している。
Website – www.murgraph.com