アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#158

アドバルーンメモ帳/茶屋札
― モロダケイコ

(2026.02.05公開)

いつもそばに置いているメモ帳。
切り離せる紙の束だ。走り書きしてもいいし、どこかに無造作に貼ってもいい。厚めの紙は付箋紙よりもずっと丈夫だ。
便箋代わりにしたりもするし、ちょっとそこまで持たせる地図を書くことも少なくない。日常使いに欠かせない自分の道具である。

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あらためまして、私の名前はモロダケイコ。東京都小平市鷹の台で、器と絵のギャラリー・「アドバルーン商会」を営んで4年半になる。路地の中の小さな一軒家のお店で、画家やイラストレーター、陶芸家の作品を中心に展示やイベントを開催している。ギャラリーの売りを強いてあげるなら、作品それぞれの世界観を作り上げる展示をめざしてやっていることぐらい。作家さんには作品作りに集中してもらう代わりに、展示はお任せいただくパターンがほとんどで、自分も作品作りの一員のようにイメージを膨らませ一緒に楽しむのがアドバルーンスタイル。
客層は、店の傍を流れる玉川上水沿いを散策する人や近隣に暮らすアーティスト、武蔵野美術大学が近いため学生なども立ち寄る。地域のお客さんと過ごしてきた年月は、コロナ禍の真っ只中とは思えないほどおだやかで、日々を緑豊かな場所で過ごしてこられたことには感謝しかない。私生活では、子供2人共家を出て、旦那と猫暮らし。群馬県高崎市出身の52歳。

今回の寄稿は道具がテーマと聞いて、なぜメモ帳を選んだかについて、そもそもこのメモ帳を作るに至った理由からお話ししたい。
ある日、常連のお爺さんから連絡先をもらった。そのメモ紙に一瞬で目が釘付けになった。朱インクで「中央魚類」という文字が印字され、丸い会社のロゴも一緒に印刷されたものだった。レトロな字体なのに新鮮でかっこいい。そのお爺さんはかつて魚河岸(うおがし:魚市場)で働いており、当時使っていた残りらしい。筆書きとも違う、清々しい字体のそれは、見れば見るほどどうにも気になって、これをメモ帳として店のオリジナルで作りたいという思いが腹の奥から沸き上がった。

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すぐに完成イメージが浮かんできた。雑に置いてもへたらないどっしり感、300枚の厚み、そして魚河岸のメモに字体を似せ、ロゴは必ず入れようと思った。メモを受け取ったその日、たまたま店内に居合わせたデザイナーの児玉伸一さんに、興奮しながらその場で発注した。ちなみに、中央のマークはアドバルーン、文字は「ア商器絵」に決めた。1分も悩まなかったように思う。

しかしだ。このメモ帳の形式を勝手に使って良いものか、ふと立ち止まる。お爺さんにどこに許可をもらったらいいか尋ねてみても、今はもうないだろうととぼける。インターネットで調べると、中央魚類さんは築地から豊洲に市場が移転後の現在も営業していた。あぶなかったと冷や汗をかいた。そこで会社の問い合わせ窓口に事情を話すと、このメモを昔から印刷しているという印刷会社を案内された。
その印刷会社に電話すると、受話器の向こう側でも活気が伝わるせわしない声と機械音? が飛び交う。はじめのうちは先方も新規の注文だと思って話が噛み合わなかったが、やがて私の意図することを理解してくれた。私は、未だに取引手段の中心だというファックスを使って伝えたい要点を書いて送ったり、電話し直したりした。
最終的には「勝手にやっていいよ。どんどんやってくれ」と激励された。一気に肩の荷が降りたのを覚えている。なにせもう発注しちゃっていたし、デザインは始まっていたのだから。あぶなかった。
聞けば、かれこれ50年以上、ひょっとしたら75年ぐらい前からこの形式だそう。魚河岸中が使っているらしい、メモ帳だと思っていたこの紙には、実は「茶屋札(ちゃやふだ)」という名前があった。それぞれの卸売の社名と自社のマークが印刷され、パッと見てどこの品物かがわかるようにしているという。余白部分に、運ぶ客先、たとえば「○○寿司」と書いて競り下ろした魚や箱に付けておく。すると、地方へ発送する茶屋と呼ばれるルートトラックの荷受け場所に積まれていく目印となる重要な札だった。箱や魚が濡れているから、水に強い張りのある紙を使っている実用性のある代物。

興味本位から、もともとは誰が作ったのかと尋ねると、魚河岸(築地)に関わる印刷物のほとんどを担ってきた印刷会社の彼らでさえ正確に記憶していないし、記録らしいこともしてこなかったという。時代の変化の大きなうねりの中で、だれもが使いやすい形状で、字体で、という目的で、写植と印刷会社、市場の人々の3者で知恵を出し合って生み出されたのが茶屋札だったのだ。今となればあたりまえのように使うその書体に問い合わせをもらったのも初めてだったようで笑っていたが、「かっこいいから真似したい」と願い出た自分に、照れくさそうで、誇らしそうだった。みんなで使うものを自分たちで考えて、脈々と使い続けている、そんな最高の道具に巡り合えた事実に震えた。彼らはいちいち粋でかっこいいのだ。

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かくして、こっそりではなく堂々と許可を得て販売することになった、店名を冠した「アドバルーンメモ帳」だが、実際は記念品として配布する方が多く大して売れていない(笑)。今では自身の道具としてはすっかり相棒になりつつあるが。

先日常連のお爺さんの家に届け物に行ったら、電話のそばにこのメモがいくつも貼られていた。ヘビーユーザーの彼は、そう、はじめにメモをくれた元魚河岸の91歳のお爺さんだ。にやけがとまらなかった。

店のレジ横に定位置を決め込む。このメモ帳を使うと自然と活気が湧いてくる。作家さんの荷物を返すとき、お礼の手紙を書くとき、何にでも使う。メモを作るに至った経緯も含めて、使うたびに商人の先達の存在がちらついて嬉しい。
自分はこのメモ帳が好きだ。どこにもないし、ちょっとかっこよくて、ちょっと面白いから。使い勝手もいい。結論、私はこういうものを扱っていきたいし、使ってもらいたいと思う。文房具屋ではないから、今後またメモを作る予定はない。店の商品は器であり、絵だ。
でも、このメモ帳を手にした人が、たとえ店を訪れられないときでも、アドバルーン商会という店をふと思い出してもらえたらいい。
これが私の身近にある一番の道具である。

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モロダケイコ

アドバルーン商会店主。
群馬県高崎市生まれ、東京都在住。
成蹊大学文学部卒。パレットクラブスクール16期修了。
会社員を経て、2021年、東京鷹の台に器と絵のギャラリーをOPEN。
美術同人誌「四月と十月」同人。

Instagram: @ad_balloon_sho