アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#153

チェンソー
― 国松希根太

(2025.09.05公開)

2002年から北海道白老町にある共同アトリエ・飛生(とびう)アートコミュニティーを拠点に彫刻や絵画などの制作を続けている。

飛生に移住するまでは、札幌の寿司屋でアルバイトをしていたのだが、そこの社長が2004年に開催した初めての個展に来てくれて1点小さな作品を買ってくれた。自分の作品が初めて売れた時だった。当時、飛生のアトリエを使い始めたばかりで、制作の他には仕事をしていなく、アルバイトで貯めたお金を切り崩して生活していたので貴重な収入であった。ただ、生活に余裕はなかったのだが、無理をしてでもそのお金でチェンソーを買おうと決めた。

出身地である札幌や大学時代に過ごした東京から、飛生という自然の中で暮らすうちに段々と自分の感覚や興味が変化し、溶岩、川石、鉄くずなど、身の回りで手に入る素材に向き合い、大学時代とは違う姿勢で制作に取り組み始めた頃で、木もそんな中で出会った素材の一つであった。初めての個展で売れたその作品も使い始めたばかりの木の作品であった。木彫の道具としては鑿(のみ)があり、数本持っていたものを使って作品を制作していたのだが、チェンソーがあればもっと色々なことに挑戦できると思っていた。

GLACIER MOUNTAIN  2021  木(カツラ)に胡粉  52.5×49.5×30.5cm

GLACIER MOUNTAIN 
2021 
木(カツラ)に胡粉 
52.5×49.5×30.5cm
撮影: 瀧原 界

その時に買ったものはHITACHIの電動チェンソーだったのだが、手に入れてからは大きなサイズの作品も手がけやすくなった。現在、氷山などをイメージした作品を手がけているのだが、木の繊維に沿って削り取ることによって、繊維が長く裂け、まるで氷の表情のような表現ができることを発見した。最近はチェンソーだけしか使わない作品も多い。通常チェンソーといえば木を切り倒したり余分な形を切り落とすために使うことが多いが、色々と試しているうちに見つけたやり方なのだ。

STIHLのエンジンチェンソー

STIHLのエンジンチェンソー

最初は1台の電動チェンソーを使っていたが、今となってはエンジンやバッテリーなども含め7台ほどに増え、サイズや用途によって使い分けている。ただ、チェンソーと仲良くなってきたのは最近のことかもしれない。なかなかエンジンがかからなくなることも多く、制作が切羽詰まっているときにそうなると焦ってしまう。どうやってもかからない時は少し放っておくと機嫌を直してくれるのだが、散々振り回されてきた。今考えると、刃を研ぐのが下手で無理をして使っていたせいかもしれない。今でも刃を研ぐのは得意ではないが、だましだまし付き合ってきて、最近は割と調子良く使えている気がする。1台を酷使するのではなく複数台を使い分けていることも要因かもしれない。大きな怪我も今のところ一度もない。

飛生アートコミュニティーでの制作風景

飛生アートコミュニティーでの制作風景

今回、身近な道具について書くということで、彫刻するなかで一番使う道具としてチェンソーを選んだのだが、他にも沢山の道具に頼って仕事をしていることに気が付く。彫刻の場合、重いものを持ち上げるのにはチェーンブロックや門型クレーン、移動するには台車やハンドパレットトラック、フォークリフトなどがあり、最初は人力でできる範囲で試みていたが、少しずつ道具を揃えていった。作品のサイズも大きくなり、時間も短縮できて、これまで挑戦できていなかったことができるようになってきた。飛生で1人で制作していると頼れるものが道具や重機なのだ。更には生活をする中でも、移動をするには車が必要であり、除雪の道具がなければ雪に飲み込まれてしまう。

自分にとって道具は新しい表現を生むものであり、制作の可能性を広げるものとして、なくてはならないものであると同時に、相性や使いこなすのに費やす時間も必要なものでもある。過酷な使い方をすれば故障するし、何年も使っていなければ錆びて動かなくなるものもある。道具が増えれば増えるほどそういった目配りが大変になってくる。生きていく上での相棒として大事にしなければならない。
今回の文章を書きながら、最初は1台のチェンソーもなかったところから、道具とともに自分も成長してきたことを振り返ることができた。初心を忘れずに続けていきたいと思う。


国松希根太(くにまつ・きねた)

1977年、北海道生まれ。多摩美術大学美術学部彫刻科を卒業後、2002年より飛生アートコミュニティー(北海道、白老町)を拠点に制作活動を行なう。近年は、地平線や水平線、山脈、洞窟などの風景の中に存在する輪郭(境界)を題材に彫刻や絵画、インスタレーションなどの作品を制作している。また、「Ayoro Laboratory」(2015-)の活動としてアヨロと呼ばれる地域を中心に土地のフィールドワークを続ける。

http://www.kinetakunimatsu.com/
Instagram: @kinetakunimatsu