アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#30

擂粉木(すこぎ)
― 川合優

(2015.05.05公開)

地方の歴史民俗資料館、みたいなところを訪ねるのが好きだ。
古い道具が好きで、という理由ではなく、一つには多分自分では到底思いつくことのできないであろう、「 摩訶不思議ないい形 」に出会えるからだろうと思う。

そこには大抵、江戸中期~昭和中期頃に使われていた、身近にある、または自ら栽培した素材で作られた、素朴な道具達が展示収蔵されている。
勿論、長い月日をかけ高い技術で作られたものもあるのだが、ぼくがついため息を漏らしてしまうもの達は、最低限の道具で最小限の仕事を施しただけの、材料から道具へと定義が変わる狭間にあるもののような、ある意味やっつけな道具達だ。
ここで求められるのは、「美しい」ということではなく、どうにか今日使えるもの、明日の仕事に間に合わせれるもの、そしてできれば長もちするもの、というものだ。見渡した範囲で目についた木や何かで、特に綿密な計画も無く、その場の思いつきや直感で作られたもの。そしてそれが日々使われる中で改良され手や環境になじみ、なんとなく気付けば長い年月が経っていた、というもの。
なぜかそういったものの中に、今僕が求めている何かがあるような気がする。

大学で建築を学んでいた頃、当時の担当だった先生は僕の話すことや考えること、作るものを判断する時、それがヘルシーかどうか、という基準を用いていた。(ちなみにその前年の判断基準は、エレガントかどうかだった。ただの個人的な流行だったのだろうが)。
その影響ではないと思いたいのだが、今僕自身が仕事をする上で、なるべく自然でヘルシーな仕事の組み立てをしたいと思っている。

我々木工作家のほとんどは、材料を銘木屋や製材所から仕入れているのだが、それらの木の多くが東北産、北海道産であったり、はたまた中国やロシア、アメリカ産であったりする。
周りの山々を見れば木なんていくらでもあると思われるだろうが、そのほとんどは杉と檜であり、日本建築には向くのだが家具や日常の道具を作るのには、柔らかすぎて実はあまり向いていない。そのうえ木工とはこうあるべきだという先入観やこだわりが強いばかりに、遠く離れた場所からはるばる材料を運んでくる、という、極めてヘルシーでないことをしている。
そんな葛藤を日々しているなかで、民俗資料館にある木工品はとても健康的なものにぼくの目には映るのだ。

この写真の木の棒は、家で使っている擂り粉木である。
今は20cmほどの長さだが、祖母が嫁入りしてきた時にはこの倍程の長さがあったそうだ。
本来、擂り粉木の上等なものは山椒(さんしょう)の木でできている。その香りと硬さが丁度擂り鉢で擂ることに適している為だろう。
しかしこの擂り粉木の材料は、なんと桐。いわずもがな、日本でもっとも柔らかい木だ。実際、この数十年の間に20cm程の長さが擂られて粉になり、家族の口の中に消えていった計算になる。60年以上この擂り粉木で料理をしてきた祖母に言わせれば、身を削って家族に尽くすのが擂り粉木の仕事なのだそうだ。その意味で、本当によく仕事をしてくれた。

これもおそらく、行き当たりばったり急場しのぎで作られたものだろう。
しかし存在そのものがおそろしく自然体であり、さらに愛おしさやユーモアまでもを持ち合わせているように僕にはみえる。

素材、形状、加工、時間、いろんな要素が絡み合い、ものは生まれる。
それら全てが一直線状に並んだ時、きっと柔らかな空気を纏うのだろう。
そんなものを、ぼくは作りたい。

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撮影:川合優

川合優(かわい・まさる)
木工家。1979年、岐阜県の農家に生まれる。母方は神職。建築を学んだ後、木工の道へ。近年は白木の文化に興味をもち、稲作や酒、民俗学や宗教学からのアプローチに興味がある。宇宙好き。直近の展示予定は以下の通り。5/9-5/17、金沢市G-WING’S galleryにてグループ展「我谷盆賛」/ 5/24-5/30、埼玉県川越市氷川神社にてグループ展「わたしの神棚・展」/ 5/22-5/27、銀座日々にてチェ・ジュホさんとの二人展