(2024.10.05公開)
大学生の頃、所属していたサークルの人たちばかりが集まるたまり場で、後輩に私の手書きのノートをじーっとのぞき込まれたことがありました。「あー、わかります、わかります、そういう感じですよねー」と言われましたが、私には何のことかよくわからなかったので、問い詰めてみると、こういうことでした。
授業の板書を写したものではなく、その人自身が思考するためのノート、つまり、レポートを書くための準備段階のものとか、プレゼン用のパワーポイントを作成する以前の、イメージ段階のものとか、そういうノートにこそ、その人の頭の中がよく表れている、と言うのです。最近、色んな人のノートをのぞき込むのが趣味なんです、と、いかにも大学生らしい妙な趣味に巻き込まれたことを覚えています。
その後輩の、その時の分析によると、人のノートの書き方にはいくつかのパターンがあるそうで、「単語だけを羅列するパターン」、「文章だけで長々と書き連ねるパターン」、「単語もしくは短文を『線』や『カッコ』や『矢印』を駆使して繋いでいくパターン」、「平面図形パターン」、「立体図形パターン」、「絵画スケッチパターン」、「数字・計算パターン」……。これらが組み合わさってノートが書かれることもありますが、よく見ると、その人が一番得意とするパターンは1つに絞れるようです。
ちなみにその後輩は、「文章だけで長々と書き連ねるパターン」が得意だそうですが、私は「単語もしくは短文を『線』や『カッコ』や『矢印』を駆使して繋いでいくパターン」でした。私のノートを覗く前から、この後輩は「絶対にこの人はこのパターンだろう」と私のノートの書き方パターンに、なぜか確証を持っていたようです。根拠はいまだによくわかりません。
本当にいつの間にか、私は後輩のご指摘通りのノートを書くようになっていて、今でも基本は変わっていません。
特に当時は、「矢印」をたくさん使っていて、その種類も豊富でした。「→」「←」「↑」「↓」だけでなく、「⤴」「⤵」「↔」などの単線バージョン、あるいは「⇒」「⇔」などの二重線バージョン、「➡」など、太く黒く塗りつぶすバージョン、その白抜きバージョン、白抜きの中に言葉を入れ込むバージョンなど、多様な矢印を使っていました。
「↔」や「⇔」は「対比」や「逆」を表すことができます。左から右への矢印「→」や「➡」、また、上から下への矢印「↓」は、時系列や因果関係を表すことができます。時系列としては上から下への流れ、因果関係ですと、矢印の左側に「原因」、右側に「結果」もしくは、上側に「原因」、下側に「結果」という内容を視覚的に表してくれます。逆に、右から左への矢印「←」や下から上の矢印「↑」ですと、左側に「結果・結論」、右側に「原因・根拠」、あるいは、上側に「結果・結論」、下側に「原因・根拠」を示すことができます。また、追加内容を後から差し込むときにもこれらを使うこともできます。そして、「⤴」や「⤵」は内容を派生させ、広げてくれます。
最近のノートを見返してみると、以前よりも文章の量が増えていて、矢印は単純になっていますが、やはり、文と矢印、あるいは単語と矢印で書き留めていることに変わりはありません。
私は、「煎茶」という茶文化を受け継いでおり、茶会の準備のためにノートを使います。掛け軸や様々な茶道具について、どのように順序立ててお話ししようか、どのようなタイミングでお茶やお菓子をお出ししようかと、茶会を構成していくときに、文章と矢印で茶会をイメージしていきます。茶会の中では、話し言葉でみなさまにお話ししますから、ノートに書き留める準備段階でも、話し言葉の文章で、ある程度の長文を書いた方が、実際の茶会をイメージしやすいのでしょう。だから、文章が増えていったのだと思われます。
しかし、ある程度の量の文章が出来た後、矢印を書くことで区切りができ、今書いたこととこれから書くことの関係性を整理することもできます。その意味で、矢印は私にとって大切なポイントとなるのです。この矢印はたいてい上から下への矢印ですが、そこに右から左への矢印を差しはさみ、お茶をお出しするタイミングを書き入れることがいつの間にか定石となっています。
自分の思考が凝り固まってきたと感じたり、アウトプットする内容が同じパターンになってきて面白味がなくなってきたように感じたとき、ノートでの準備段階で、矢印のパターンをあえて増やしてみたり、文章や単語の量をあえて減らしてみたりすることで、気分が変わってくるかもしれません。実感しているのは、茶会の準備では文章が多く、矢印が少なく、パワーポイントを用いる講義のときは、文章が少なく、単語の羅列と矢印が多くなる、ということです。
アウトプットするずっと前の、水面下、深くにあるイメージ段階で、「矢印」という道具とうまく付き合いながら、これからも準備自体を楽しみたいものです。
佃 梓央(つくだ・しおう)
煎茶家。一茶庵宗家嫡承。株式会社ISSA-AN代表取締役。関西大学非常勤講師。
2024年8月には、ケンブリッジ大学ジーザスカレッジにて、トークとデモンストレーション“SENCHA:SALON CULTURE AND THE ART OF INFUSED TEA”を行い、また、大英博物館三菱商事日本ギャラリーにて、一般公開の部“A special tea gathering of sencha”と非公開特別招待の部“A sencha gathering hosted by Issa-an”を開催。
これまでに、大英博物館日本ギャラリー2024「京と大坂–都市の華やぎとサロン文化 1770~1900年」や、京都国立近代美術館2022「サロン!雅と俗–京の大家と知られざる大坂画壇」、泉屋博古館京都2019「中国文房具と煎茶」など、美術館展示のための調査・研究協力に携わる。
国内外の美術館のプロジェクトに関わりながら、江戸時代のサロン文化としての「煎茶文化」普及につとめている。