アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#22

鉄筆
― 芦田尚美

(2014.09.05公開)

小さな頃から絵を描いたり、何かをつくることが大好きで、自分で作った器を使ってみたいと思ったことから、芸術系の大学に進学して陶磁器を専攻し、今はやきものを作って生活しています。

土を成形して乾燥、加飾、施釉、焼成などのさまざまな工程を経てやきものはできあがります。器などの使えるタイプのものと、立体作品などの使えないタイプのものとにざっくりとわけられますが、現在の私の仕事量としては、約8割ほどが使える器になっています。

私の仕事の基本となるアイテムに「AMETSUCHI」と呼んでいる日常使いの器のシリーズがあります。これは近所の葵橋から北のほう、賀茂川越しに北山の山並みを眺めていた時、空と地面、天地(アメツチ)の境界線である山並みを器に取り入れたいとふと思ったのがきっかけでした。天地の恵みである食べ物を容れる器のデザインとしてすんなりとおさまるのではないかと思いました。
このシリーズをつくる時にたいせつにしていることがいくつかあります。丈夫で洗いやすいこと、容れるものや盛りつけるものが映えること、和でも洋でも使えること、そして「山並み」の加飾(装飾)があること。

素材としている磁土は高温で焼成すると、とても強く、清潔感のある白い肌の磁器になります。窯の中で熔けてつやのでる釉薬を掛けた磁器は、汚れが染み込みにくく、しかもつるりとしていて洗いやすい。日常の器として、とても扱いやすい素材です。でも,成形から乾燥の工程ではあまり融通が効かない素材でもあり、よく泣かされています。
気難しい土の声を聞きながら電動ロクロなどを使ってかたちづくった器に「山並み」の装飾を施します。使いやすくシンプルなかたちの器に山並みラインをすっきりとシャープに淡々と入れたい。余計な揺らぎや物語性を器が押しつけたりしないよう、そっとそこにあって愛される器になるように。

やきものの絵付けの多くは筆によるもので、1本の筆で細く太く濃淡をつけたりさまざまな線が自由自在に描けると良いのですが、これはなかなか修練が必要です。まるでペンで描いたような一定の太さと一定の濃さの線で描きたい。自分で想像した山並みラインを筆で描く技術が残念ながら私には伴っていません。
そこで筆との真っ向勝負を避けて違う方法はないかと考えていたところ、「象嵌(ぞうがん)」だ!とひらめきました。「象嵌」とは素地を掘ったり削ったりした部分に違う素材のものを埋め込む装飾技法です。素地に山並みのラインを掘って、そこに顔料を入れる。そうすると私の拙い運筆ではなし得ない理想的な線があらわれるはずです。

そうして線描きの道具を探しはじめました。陶芸材料店、日用品店、文具屋、画材屋などでいろいろ探して試しました。先が尖った針のようなもの、竹串、鉄筆。素地の乾燥状態や堅さによって同じ道具を使ってもあらわれる線の太さが変わってくるので、加工しやすい竹串などは先を少し削って丸めて使いわけたりもしていますが、今ではなくてはならない道具が鉄筆です。乾燥した磁土を掘る時には素地を割らないよう注意しつつ、グリップをしっかり握り良い塩梅の力を込めて掘り進めます。その作業を繰り返していると、鉄筆の先も削られて丸みを帯びてきます。そうすると選手交代。

そのようにして「AMETSUCHI」シリーズを作りはじめて約14年ほどの間に現役を引退した鉄筆がアトリエの抽斗(ひきだし)に数本ねむっています。きっと金属を研磨するような機械かなにかで削るとまた復帰できる日が来ると言い聞かせて。ちなみに鉄筆はここ数年であまり人気がなくなっているのか、お店でも見かけなくなっているので好みのタイプを見つけた時にまとめてスカウト。連れて帰った新人は同じ抽斗で控え選手として出番待ちしてもらっています。

鉄筆

山並ライン

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撮影:(上、中)芦田尚美(下)市川靖史

芦田尚美(あしだ・なおみ)
陶芸家。1975年京都生まれ。“やわらかい土が焼きしまり、使えるものに変化する” ”自分が使いたい器を自分で作りたい” というところからものづくりを始めた。2000年ごろから「AMETSUCHIシリーズ」などの日常使いの器を中心に制作する。展示空間などに応じてさらにテーマを設定し、そこからストーリーを展開するような構成で作品を発表、販売している。個展は年に数回、東京、大阪、京都などで行う。直近では「芦田尚美展 ポケットダイビング」(8/ART GALLERY/ Tomio Koyama Gallery、2014.8.27~9.8)。また、2014年 10月中ごろに横浜の個展も予定。詳しくはウェブサイトにて。
http://www.ametsuchi.info