アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

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#42


― 野村誠

(2016.06.05公開)

仕事柄、常に音を探している。食器を買う時も、響きをチェックし音が良い物を選ぶ。フライパンも鍋も、取り敢えず鳴らし、音のツボを探す。雑踏の中、階段を上りながら、金属の手すりを響かせる。信号を待ちながら、道路標札の柱をスナップをきかせて鳴らし耳を澄ます。テーブルに向かうと、無意識に指でピアノを弾くように叩く。木の天板の触感を味わいながら、自分の好みの音色を探すのが、ピアノの音色の変化にも、間接的に繋がる体感なっている。というわけで、身近あらゆる物を鳴らしているが、屋根とは無縁だったのは、ぼくが高所恐怖症だからだ。
転機は、3年前(2013)。東南アジア(インドネシアとタイ)で、原発をテーマにした共同作曲プロジェクトをしていた。まだ原発のない国々に、日本から原発を輸出しようという計画もあるので、警鐘を鳴らす意図もあった。東南アジアのアーティスト達と原発事故から何が学べるのか、どんな未来をつくるべきなのか、一緒に考えたいと思ったからだ。シドアルジョ(インドネシア)天然ガス採掘場から有毒な泥が噴出し、周囲の村が飲み込まれ立ち入り禁止地域になっていくラピンドーの事故を巡ったWukir Suryadiとのコンサートなど、熱い議論を数多く体験できた。新進気鋭の作曲家Gardika Gigih Pradiptaは、テクノロジーの進歩と経済成長の先に未来は見えない。しかし、単に伝統に回帰することも難しいので、現代の新しい伝統を考えたいと語った。彼と作った朗読音楽劇の最後の場面では、災害を前にパニックになった主人公が、「新しい伝統生活」を始めるが、それを具体的には説明していない。
3ヵ月の東南アジアでのプロジェクトを終えて、「新しい伝統生活」という漠然とした宿題を抱えながら日本に帰国するとすぐ、淡路島アートフェスティバルの準備に向かった。そして、瓦に出会った。津井という集落を歩いていると、道端に瓦が積んである。庭に瓦が積んである。そこかしこに瓦が置いてある。瓦の産地には、不要な瓦が、そこかしこに積み上げてあり、美術のインスタレーションのようで美しいのだ。ぼくは、軽く瓦を叩いてみた。おっ、良い音がする。石や木の枝などを拾って、鳴らす。これはいける、と直感した。インドネシアでGigihが語った「新しい伝統」への返答として、「瓦の音楽」をやりたい。その日から瓦にのめり込んだ。NPO法人淡路島アートセンターの協力、打楽器奏者のやぶくみこさん、そして、津井の瓦職人さん達との縁がつながり、気がつくと煤にまみれて瓦を叩きまくり、粘土をこねて、楽器をつくっていた。
瓦は、金属よりは柔らかいが、木や竹よりは硬いので、木琴とも鉄琴とも違う音がする。しかし、陶器よりも重さも厚さもあり、音にも厚みがある。村にある不要な瓦を集める。雨ざらしになっていた瓦は、鈍い音。工場からもらったB品(出荷できない廃棄瓦)は、もっと硬質な高い音がする。形や焼き具合の違いにより、音の高さも違う。
瓦の音の振動を直接空気に伝えるために、瓦をできるだけ浮かせた状態にしたい。支点だけウレタンでふんわりと支える。何で叩くかも工夫して、市販のマレット以外に、鹿の角、ゴルフボール、瓦などで、特性のマレットも作成した。鹿の角で叩くと、キンキンした硬質な音になる。ゴルフボールは意外に弾力もあり、ポコンという音色が引き出せる。
瓦でドレミが演奏できないものか、と思い、338枚の瓦のピッチを計測し、分類分けしてみた。チューナーでピッチを計ろうにも、瓦の音色はギターやピアノのように単純ではなく、複雑に濁り入り乱れる豊かな音色なので、なかなか機械も苦戦する。人間の耳と機械と様々な鳴らし方の試行錯誤だ。しかし、こうやって分類することで、音を通して、瓦には様々な型があることを知る。淡路瓦だけで800種類以上もあるのだ。
音階に最も適したシンプルな形状なのが、のし瓦。空手で割るのにも使われる形で、屋根の一番上の棟と呼ばれる部分に積み上げられる。
筒が飛び出したような独特な形状の隅巴瓦は、斜めにのびた屋根の先端にある。これがガムランのような響きがして、ぼくの大変好みだ。
S字にカーブした桟瓦も場所によって違う響きがする。一番手前に掛ける万十掛瓦の丸い部分の音色の独特なこと。
瓦を叩く時の秘訣は、まずは、どこを叩くか。瓦によって、焼き方にも若干のムラがあるので、均質なようで均質でない。場所によって微妙に音色が違う。例えば、万十掛瓦などは、丸い部分は他のパーツとは全然違う響きがする。そして、叩く場所が同じでも、叩き方によって、音色が違ってくる。こうした話は、全ての楽器に通じることなのだが。
瓦屋根には、本瓦葺きと桟瓦葺きの2種類があることすら知らなかった。瓦の音楽を始めて以来、屋根を見ながら、京都の町を歩くのが、楽しくて仕方がない。
重厚なオブジェである鬼瓦だけは、分厚過ぎて、どんなバチで叩いても良い音がしない。おかげで、バチあたりにならずに、すんでいるようだ。

「瓦の音楽」ウェブサイトはこちら。

現在はガス窯が主流だが、達磨窯では薪を燃やして瓦を焼く。 photo by やぶくみこ

現在はガス窯が主流だが、達磨窯では薪を燃やして瓦を焼く。
photo by やぶくみこ

破損した鬼瓦など。 photo by 上田謙太郎

破損した鬼瓦など。
photo by 上田謙太郎

野村誠+やぶくみこ「瓦の音楽」。 photo by 上田謙太郎

野村誠+やぶくみこ「瓦の音楽」。
photo by 上田謙太郎

瓦屋根とオリオン座。屋根の上に積んであるのがのし瓦、手前のS字型が桟瓦。 photo by 上田謙太郎

瓦屋根とオリオン座。屋根の上に積んであるのがのし瓦、手前のS字型が桟瓦。
photo by 上田謙太郎


野村誠(のむら・まこと)

1968年名古屋生まれ。作曲家、ピアニスト、鍵ハモ奏者、瓦奏者。ガムラン、箏、アコーディオン、オーケストラなど様々な楽器の作曲をし、20カ国以上で作品を発表。著書に「音楽の未来を作曲する」(晶文社)ほか、CDに「瓦の音楽」(淡路島アートセンター)、「ノムラノピアノ」(とんつーレコード)ほかがある。第1回アサヒビール芸術賞受賞。京都ガムランSekar Gendisメンバー。日本相撲聞芸術作曲家協議会理事。
http://www.makotonomura.net/