アートとともにひと、もの、風土の新しいかたちをさぐる

アネモメトリ -風の手帖-

手のひらのデザイン 身近なモノのかたち、つくりかた、使いかたを考える。

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#120

鏡の間を走る|カーソル
― 長尾崇弘

(2022.12.05公開)

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デスクトップコンピューターの前に座ると、ガラスで出来た大きなモニターに沢山の情報が写し出されます。その表面を矢印を模したカーソルが走ります。そうしたとき、本を読みながら文字に指を這わすような、机の上を撫でて見えないものを確認した時のような感覚、まるで指の先端に目がついたような「それ」を得るのです。

私は拠点を京都に置く、「NEW DOMAIN」というデザインファームで活動をしています。私が担当する領域は、店舗・家具の設計、アーティストとの協働が主です。これらは主に3DCADというアプリケーションで設計を進めます。3次元の図面を制作することで、建築・家具・彫刻作品などを仮想の世界に存在させることができます。そして、その仮想世界の中で様々な検証を行い、現実のものとしていくのが私の仕事です。「ここに存在していない」から始まり、「ここに存在させられる」で区切りがつく仕事です。

少し昔の話をすると、中学生、私がはじめてコンピューターに触れたとき、Windowsでした。モニターいっぱいに広がる草原に戸惑いを隠せませんでした。大学生になり、Macを初めて買いました。目の前に広がった宇宙に、「そっか。宇宙船なんだなこの機械」と思ったことを今でも覚えています。人の想像力を使って旅する機械。未知なる場所を写す特別な機械なんだと理解しました。ただ、この機械はとてもやっかいで、何も教えてくれないのです。喋らず、言うことをきかない。あげくには、詳しい人もいない。道具としてどうなのよ! と頭が痛い毎日でした。

ある日、ふと思うことがありました。どうして、アプリケーションは、既存の道具を模していたり、名前が同じなんだろうか。と。電卓は電卓で、時計は時計、カレンダーはカレンダーです。そこで私は、コンピューターはこの現実を模して(写して)作られていることに気が付きました。コンピューターやアプリケーションを扱うためには、現実世界で同じものを扱わなくてはいけないのです。手書き図面を引けるから、CADが使える。写真の現像をしたから、Photoshopが使える。作文をしたから、ワードが使える。という感じです。よくよく考えてみたらそうですよね。全く新しいものがそこにあるわけではないのです。つまり、コンピューターの中にあるものは、全て絵に書かれた餅のようなもので、「ここに存在はしていない」が「仮想に存在している」というものに終始しています。私は宇宙を見ていると思いながら、実はガラスの向こう側に反射した地球を見ていたのです。鏡と違うところがあるとすれば、それは双方向のやりとりがあることです。鏡はモノローグ(独白)が映るだけですが、コンピューターには、ダイアローグ(対話)が映し出されます。鏡の向こう側の自分が、話しかけてくるようなものです。

前置きが長くなってしまいましたが、カーソルの話に戻りたいと思います。僕にとってのカーソルは存在し得ないが存在してる不思議なものです。コンピューターはこの現実を模して作られています。ではこの現実にカーソルは存在しているのでしょうか。

そう存在しないのです。では何故、「カーソルを受け入れることが出来るのか」という疑問にたどり着きます。カーソルは人が持つ意識の形を模しているのではないかと思っています。見るべき場所や、触りたい箇所、居場所などを図示しているのです。今この瞬間にも僕のカーソルは、文章を撫でながら、ここで切る・貼る・並び替える・作り変えるといった、フォーカスする場所や、意識を与えてくれています。つまり、カーソルは現実と仮想のダイアローグ(対話)を行うための、インターフェイス(接点)なのだということです。

少し、強引に整理するとこんな感じです。

・僕にとってコンピューターは鏡です。
・カーソルは特別な存在で、あり得ないものが見えてる。
・仮想と現実との接点としてカーソルが機能している。

理屈や推論としては悪くないと思いますが、単なる浪漫や自己満足ではなく、実務としてそれが何なのかということを最後に話したいと思います。

鏡の中のものには触れられないですよね。鏡に写った自分の顔を触るためには、鏡像に触れるのではなく、自分という実像に触れる必要があります。コンピューターに写った像には触れることが出来ないので、実像に触れる必要があります。私が3DCADを扱う時、必ずそれを意識しています。最高に集中が高まる時、カーソルが触れた箇所から錯覚を得られます。それは金属の重み・冷たさや、素手で金属を撫でる音。プラスチックの艶やかさや、木の匂い。この形を作る瞬間や、自分が木を切る感触。現実を模した仮想から、カーソルを通して現実へ応答があります。そこで私は最大の想像力を持ってそれを受け止めるのです。そういった対話を繰り返すことで、「ここにないものを、ここに存在させること」が出来るのです。その技術は、神秘や秘密があるわけではなく、限られた時間の中でどれだけ多くの対話が出来るのかに終始しています。そんな私のカーソルの感度設定は常に最大に鋭敏です。自分の意識の速度とカーソルの速度を合致させるためでもあり、自分の意識を最速にするためでもあります。コンピューターを通して現実と対話し、想像力を最大にする。そんなことを、カーソルは可能にしてくれているのです。

今、仮想の月を作っています。見たことはあるが、触れない存在に触れた時、今まで書き記したこととは真逆の経験をしています。仕事を通じて常に新しい領域・考えを見出し、そこで表現する。それがNEW DOMAINで僕が目指すものであり、鏡の間を走る感覚なのです。

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長尾崇弘(ながお・たかひろ)

1987年三重県生まれ。2012年に京都造形芸術大学空間演出デザイン学科卒。2016年より、SANDWICHにて建築・3Dチームに所属。2018年より京都造形芸術大学 ULTRA FACTORYの拡張計画、「ULTRA EXPANSION」のディレクションを務める。2019年にデザインファーム「NEW DOMAIN」を起業。デザイン・アートを中心に多領域で活動。現在は7名が在籍し、メンバー間の相互レビューを用いた領域の横断と実装に取り組んでいる。
https://www.instagram.com/new_domain/