(2013.10.05公開)
2012年初夏、地方の呉服屋さんの倉庫に眠っていた大量の型友禅の型紙を譲り受けた。型紙とは、和紙を柿渋で塗り固めたもので、図柄を彫り、白生地に図柄を繰り返し染めるためのものである。約60cm×90cmの型紙が約200枚。梱包を解くとミリ単位の精緻な彫りが施された型紙が現れた。驚いた。
同時期、京都国立近代美術館で開催された展覧会(KATAGAMI Style—世界が恋した日本のデザイン もうひとつのジャポニスム—2012年4月6日- 5月27日)で、まとまった量の型紙を見た。これは、世界に誇るジャパン・デザインである伝統工芸「伊勢型紙」を紹介する展覧会で、ものづくりの裏方とも言える型紙そのものの美しさを欧米が評価し、アーツ・アンド・クラフツやアール・ヌーボーやユーゲントシュティールなどとの関連が明示されていた。流出したものの里帰り展でもあった。型紙そのものの持つ美しいパワーは圧巻であった。また、道具としての型紙にもスポットがあてられていた。完成品には決して現れない型紙は製作途中の単なる道具である。そんな道具としての有りようも興味深かった。
この2つの出来事で、眠っていた私の「型」への興味が目覚めた。型染めと同時に日本の染物を思い返してみることにした。
はたちの頃から染めにかかわり仕事をしている。旅をするとその国の、その地方の伝統的な布を見る。そのなかで不思議に思ったことがある。「織物」と「染物」があるなかで、特に日本の染物は突出してその技法の種類が多い。染物のルーツはインド、中国、東南アジアなのだが、現存する技法の多様性は日本が際立っている。思いつくままに挙げてみても、絞り、板締め、蝋けつ、型染め、小紋、中型、紅型、注染、辻が花、更紗、筒描き、手描友禅、型友禅、捺染、などがあり、それぞれが個性を持っている。なぜ、これだけの多様性が育まれ、残り得たのか。手間やコストを考えると、時代のふるいにかけられ淘汰はやむを得なかったはずなのに。
譲り受けた大量の型紙は、授業に活用することにした。まずはじっくりと見ることから始めた。職人技で彫られた繊細な型紙は、まさに「美しすぎる型紙」であった。型紙は量産のための道具である。1点製作の手描き染めではかなわなかった効率、それを求めて型紙が導入され、型友禅として達成したのである。しかし一方で、1反の着物をつくるために100枚以上の型紙を使う世界観は、これはもはや「効率のため」だけとは言いがたい。こだわりの世界だ。ここには型紙を使ったからこそ得られる精緻な世界を愛している人がいたことを感じる。かつて日本人の美意識は複雑で、感覚センサーは超・敏感だったことを思い知る。もはや凡庸な私たちにこの才能はない。しかしそんな私たちにとっても、型紙は道具としてもシンプルで美しいし、使うと楽しかった。手ができないことを、少しだけ手の延長で助けてくれる道具なのである。3ヶ月間、学生は多いに型紙を味わった。
私は「型」という概念にも面白さを感じている。版画、鋳造、防染など、版や型を使う表現に共通するしかけは全部、裏、逆、ネガポジ反転などの、いわば「逆アプローチ」なのである。言いたいところは直接言わない。つくりたいところの反対側をつくる。あなたがそうなら私はこうするという関係の世界といってもよい。1人称で考えがちな表現の世界で、2人称で考えてみる、こんなところが気に入っている。また、2つ目の面白さとして「型ゆえの不自由」、「型にはまった形」がある。それは往々にして紋切り型でつまらないという意味で了解されている。そして、むしろ表現の世界では「型破り」であることを求められる。でも本当にそうなのかなと疑ってみる。「型」は「理にかなった安心の形」であり「継続のパッケージ」である。そんなことをここ数年考えていたところ、出会うべくして出会った「型」なのである。さらに偶然が重なり、この秋、大原美術館工芸館芹沢銈介館50周年を記念する展覧会に作品を寄せることになり、久しぶりに型紙を触っている。もともと再現性ということに感じるところがあった私は、型染めがものづくりの入り口であった。その後スクリーンプリントやデジタルシステムに移行したのだが、型紙は20年ぶりに優しく馴染んだ。たった一枚の紙切れなのだが、ひっくり返し、回転させ、使い回して、洗うことに耐える。その汎用性、柔軟性は道具のなかの王様だ。今年の夏はコンピュータを使うことなく身体全体を動員した。ローテクな作業がほんとうに楽しかった。
ここで再度、さきほどの疑問—日本に残る染物の多様性—の答えの1つとして、「つくる人にしかわからない工程の楽しみがある」とするのはどうだろうか。こう考えると、受容者が望む域を超えての日本の職人技のスゴミ、の謎も解ける気がする。「型」を材料にして考えることが多かった。この文章が公開される頃、私もまとまった形で「型」の成果を発表している。
八幡はるみ
染色作家。1982年京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。「染め」による美術作品を発表すると同時に「テキスタイルデザイン」として商品やパブリックアートも数多く手がける。’97年には京都芸術新人賞受賞。近年の主な個展は京都のイムラアートギャラリーでの「FLOWERS」,「DREAMS」,「HEAVEN」、「Kaleidoscopic Yuzen」、東京日本橋高島屋での「GARDEN」など。パブリックコレクションは、京都市立芸術大学、京都文化博物館、国立国際美術館、東京国立近代美術館など。
秋には大原美術館工芸・東洋館で個展開催、AM倉敷(Artist Meets Kurashiki)vol.11「八幡はるみ 工芸・東洋館を祝う」、2013年11月19日(火)~ 2014年1月19日(日) 、詳細は大原美術館ホームページをご覧ください。 http://www.ohara.or.jp/